令和8年度生徒会スローガン
学校経営グランドデザイン(PCで見てね).pptx パワーポイントです
050401:418493→060331:514058(95565)→070331:735542(221484)→
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令和8年度生徒会スローガン
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RKKの朝の情報番組「THE TIME」、二中の甲冑博士Tくんの登場は明日19日(木)朝6時15分前後の予定です!
運動場ではサッカー、バレーボール。教室では先生と勉強、作文、語り合い。1年生それぞれの昼休み。あと2週間で先輩になります。
土日に秋山幸二杯中学生野球大会が開かれ、水俣市4校合同チームが優勝しました。大会MVPには4試合中2試合で勝負を決めるヒットを放った、二中のMくんが選ばれ、SBホークスの元監督であった秋山幸二さんのサイン入りボールが授与されました。
土曜日に開かれた郡市新人バドミントン大会でも上位入賞選手が複数出ました。新年度に向けて部活動も活気づいています。
12日、1年生は熊本地方気象台の皆様による「知識」「考える」「行動する」3つの力をつけることを目的にした、防災についての出前講座を行いました。平成28(2016)年当時、1年生はまだ保育園児と幼く、水俣は熊本地震の被害もほぼない地域でしたので実感を伴うところまでは難しかったかもしれません。ところが、昨夜は震度4の地震が発生。私も繰り返す揺れを警戒して1時過ぎまでは起きていました。1年生も、今回の学びを自分事として捉えたのではないでしょうか。
「天災は忘れた頃にやってくる」寺田寅彦
今朝、アジサイの水遣りに行くと、生徒会長が運動場を走っていました。帰る時に私に「水遣りありがとうございます。」とお礼を言って帰りました。さすがです。
遠い昔、遙か彼方の田浦で…。
1年時に2名の転出者がいたため、2年生から135名の3クラスになりました。(その当時の1学級の上限は45人でした。現在は40人です。)担任の林田洋文先生がよく使われる「すこぶる」は田浦弁では聞いたことがありません。どんな意味かと辞書で調べました。社会は競衛先生。特徴的な黒板の文字をみんなで真似していました。中学生は影響を受けやすいものです。現在水俣一中勤務のM先生は、授業に位置づけられた必修クラブで競先生の中国語クラブに入っており、そこで習った中国語の歌を良く歌っていました。
理科の大崎先生の授業では、三角定規2つを組み合わせて「力の分解」をすることができない者が、あーでもない、こーでもないと踊るという「定規踊り」を教わりました。
水素を集めて火をつける実験では、指示のあった試験管ではなく、先生に隠れてビーカーに集めて爆発させた強者もいました。当然、厳しい厳しい指導が待ち受けていました。彼は酸化カルシウムと水の反応実験でもやってくれました。興味の高さプラス若気の至り。その後、理系に進んだと聞いています。
とにかく学習内容以外のことだけが記憶されるのが世の常です。私も生徒に会うと「授業中にガンダムを見せてもらった。」と言われます。ガンダムダブルオーを「世界紛争」の授業の導入に使っただけですが、たぶん授業の内容は忘れられています。生徒の記憶に残っているのは「ガンダムを観た!」です。
休みの日は5回連続で昔話です。私が過ごした昭和の田浦中はこんな時代でした。1年2組担任のM先生が通っていた平成終わりの田浦中とはずいぶん違うはずです。
遠い昔、遙か彼方の田浦で…。
入学式は昭和53年4月10日(月)、新入生は137人でした。
男子は校則で丸刈り。入学直前に刈るのは恥ずかしいということで、ほとんどが小5の夏休みには丸刈りにしていました。田浦中学校の校則改正(長髪可)は平成7年からです。
小学生にとって中学校は未知の世界。田浦小・小田浦小・海浦小・井牟田小の4校から知らない生徒が集まるし、先輩との上下関係は厳しいし、すぐに体育館や部室の裏に呼ばれるらしいとのウワサ(事実)があるし、今のように小中のなめらかな連結を図る取組もなく。私自身も長男で中学校の情報は全くなく、緊張感は今の6年生の比ではありませんでした。
担任は柔道部顧問の太田先生、私は中学入学時の身長が172㎝と大きかったので、帰りの会後に教室を出る時、毎回のように「柔道部に入らんか。」と勧誘されました。県トップの実力がある柔道部です。どう逃げるかが私のチャレンジでした。
担任の太田先生は球磨教育事務所の管理主事をされていたので、私が人吉三中勤務の時の学校訪問等で大変お世話になりました。同級生は「太田先生から良く怒られた。」と言いますが、大人になってから指導を受けたのは私くらいです。
2年生は走り幅跳びの授業です。目指すは男子走り幅跳びの世界記録、マイク・パウエルの8m95cm(1991年)です。助走前にみんなから手拍子をもらい気合が入ります。友達からは「二中のブログに載るぞ~。」と声援が飛びます。踏切ばっちり!ジャ~ンプ!後ろに倒れ、着地失敗!距離は出たのに~。今日も楽しい体育の授業です。
今日は熊本県立高校の合格者発表日です。インターネットによる合否照会サイトでの発表ですので、下の「合否照会の手引き」をご参照ください。なお、各高等学校のホームページでの発表はありません。
アインシュタインが授業中に9×1=9、9×2=18と黒板に計算を続けました。そして9×9=81の次に9×10=91と書くと、学生は笑いました。
アインシュタインは言いました。「9×1から9×9まで正しく解いたのに、誰もそれをほめなかった。しかし、9×10のたった一つの間違いにみんな笑った。」「間違いは挑戦の一部で、間違えないのは挑戦しない人だけだ。」
今日が新たな生活のスタートです。失敗を恐れずチャレンジしましょう。
平成23年3月11日14時46分18秒、宮城県牡鹿半島の東南東沖130kmを震源とする東北地方太平洋沖地震が発生しました。震災による死者・行方不明者は1万8428人、建築物の全壊・半壊は合わせて40万4893戸が公式に確認されています。日本国内で自然災害により1万人を越える死者・行方不明者が出たのは、戦後初めて(明治以降でも関東大震災、明治三陸地震に次ぐ規模)です。
平成23年、当時の宮本勝彬水俣市長は、公式確認から55年を迎える水俣病の経験を踏まえて、水俣病被害者や水俣市民が差別や偏見を受け、風評被害による様々な影響があったこと、原発事故で起こっている問題は、水俣病と重なる部分が極めて多いことなど、震災による原子力発電所の事故を受け、避難者への差別や偏見をやめるよう呼び掛ける緊急メッセージを市のホームページに掲載されました。
震災後、福島県出身の水俣一中の保護者の思いがきっかけとなって、福島県と水俣市の中学生の交流事業が始まり、数年に渡って継続されました。
私は、平成25年11月に福島県で開かれた事前学習会に水俣市の教頭を代表して参加し、福島県の中学生に水俣二中の環境教育の取組について講話を行いました。前日に仙台空港に着きました。タクシーの運転手さんは「私は、今は他県からのお客さんに語ることで、やっと心を落ち着かせることができている。」と話されていました。
閖上浜に着くと、他県在住の閖上地域出身の方に出会いました。やっとここに来る決意をしたそうです。「自分が知っている風景が何もない。」と涙を流されていました。
帰熊の日は楽天イーグルス初優勝パレードでした。前日の懇親会で福島県のPTA役員さんは、スポーツが元気をくれるということを強く語られていました。
先生方のメッセージの最終回です。みんなから愛された卒業生でした。
学年主任YY先生:3年前、みなさんとともに二中に赴任しました。真新しい、少し大きめの制服を着て入学してきた姿が昨日のように思い出されます。「どんな姿で卒業していくのかな?」そんな思いでみなさんとの二中での生活がスタートしました。
3年間を共に過ごし、日々成長していく姿にいつも感心させられていました。素敵な時間を本当にありがとうございました。これからのみんなの輝く未来をこれからも応援しています。
進路指導主事MY先生:3年生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。3年前、私も皆さんの入学と一緒に(2回目の)水俣二中に来ました。今年度は、よりみなさんの近くで過ごさせていただき、とても嬉しかったです。またぐんぐん成長していく姿に大きな可能性を感じさせていただいた1年間でした。
さて、サン・テグジュペリの星の王子さまの中に「本当に大切なものは目に見えないんだよ。」という言葉があり、私は小学生の時にこの言葉と出合いました。今、この歳になり、みなさんに伝えたい「目に見えない大切なもの」は「あ・愛、い・命、う・運、え・縁、お・恩」です。これからも自分や周りの方々の命や見えないものも大切に、しなやかにたくましく、感謝の思いで豊かに生きていってくれることを願っています。
副担任FT先生:どんな人にも生まれてきた理由があり、生きていく上で誰かや何かに必要とされているものです。これからの未知の人生は失敗の繰り返しだと思います。ただ、失敗には成長につながるヒントが必ずあります。失敗して諦めてしまえば失敗のまま、しかし、そこで得たものを次に生かしていけば、失敗は失敗ではなくなります。これまでの9年間はその失敗を成功に変えるための布石です。失敗を成功へと導くすべを得た今、あなたは将来を見据え、その土台にどんなものをどんな形で積み上げていきますか…。それがあなたのこれからの人生です。
これからの人生、理想からの“引き算”ではなく、現状からの“足し算”で常にポジティブな気持ちを前面に出しながら止まることなく歩み続けてください。皆さんの前途に期待します。
昨日は、二中の伝統を継承する良い卒業式でした。最後の学活も心に残りました。先生方のメッセージの2回目です。
大成1組担任OS先生:二中の先輩として、皆さんへメッセージです。これから自分で立ち、自分で選ぶ世界へ歩み始めます。道を進みだすことで、新たな世界、同じ夢を持つ仲間と出会います。楽しい日々です。
しかし迷い、不安で立ち止まってしまう壁もあります。その壁は乗り越えることで強くなります。ですがすべてを無理に越える必要はありません。大切なのは、自分を大切にすること。主役は自分。自分らしく、自分の歩幅で歩んでください。皆さんの未来がこれからも明るく輝けますように! アンパンマンは君さ。
大成2組担任MN先生:皆さんとは1年間でしたが、家庭科の授業や大成学級の祖担任として関わらせてもらいました。欲を言うと、もっと授業をしたかったですね。保育園実習や調理実習では意外な一面を見ることができました。授業以外でも、暑い中汗だくで畑を耕していたり、体育大会のパネルはもちろん美術作品のレベルの高さに驚かされたり、とても個性豊かな3年生でした。そんな3年生に出会えて感謝の気持ちでいっぱいです。これから皆さんには多くの出会いが待っています。その一つ一つの出会いを大切にしていってください。
管理責任者 校長 吉田 稔
運用担当者 情報教育担当者