二中ブログ

二中の最新情報!

【首里城公園】080202

 首里城公園は興南アクト部の皆さんに案内していただきました。復元された首里城とその周辺の守礼門、円鑑池、龍潭、円覚寺などを含む、古都首里の自然や風土が満喫できる空間が首里城公園です。令和元年10月31日の未明に発生した火災により焼失した首里城正殿は、今年の秋ごろに再建完了予定です。

(琉球朝日放送のテレビ取材もありました。)

【道の駅かでな】080202

 米軍基地に隣接する「道の駅かでな」の屋上から嘉手納基地を一望した後、学習展示室で、嘉手納町の歴史や基地との関わりについて学びました。見学中に哨戒機がタッチ&ゴーで飛び立っていきました。

 

【絵付け体験】080202

 伝説の獣像シーサーの絵付け体験を行いました。「獅子(しし)」の沖縄の発音だそうです。魔除けの意味を持ち、多くは屋根の上に設置されています。二中の生徒玄関にも2対いますね。先生方もチャレンジしました。才能ありです。私のシーサーは、もちろんマールです(=^ェ^=)

【美ら海水族館】080202

「沖縄の海との出会い」をコンセプトに、イノー(沖縄の方言でサンゴ礁の縁の浅瀬)、珊瑚礁、黒潮の海、深海と様々な海の生物を紹介しています。水量7,500㎥の世界最大級の大水槽「黒潮の海」の他、総展示槽数は77槽です。

 世界で初めて長期飼育に成功したジンベエザメやナンヨウマンタが人気の展示です。

【沖縄海洋博記念公園】080202

 沖縄返還、沖縄県の日本本土復帰記念事業として、昭和50年7月20日から約6か月、183日間に亘って沖縄国際海洋博覧会が開かれました。その跡地に造られたのがこの公園です。私が持っている100円記念硬貨を調べてみると、現在の取引価格は330円でした。物価上昇率を考えるとトントンです。

【朝ご飯】080202

 朝ごはんの時間です。副会長2人のメニューです。

 体調不良者無し、今日は美ら海水族館でジンベエザメが待っています。生徒の目も、生き物好きのO先生の目も期待でキラッキランランに輝いています。ホテルの皆様には大変お世話になりました。では、行ってきます。

【旧海軍司令部壕】080201

 カマボコ型に掘り抜いた横穴をコンクリートと杭木で固め、米軍の艦砲射撃に耐え、持久戦を続けるための地下陣地で、4000人の兵が収容されていました。当時は450mあったと言われています。

【平和の礎(いしじ)】080201

 沖縄戦などで亡くなられた全ての戦没者を追悼し、恒久平和の希求と悲惨な戦争の教訓を正しく継承するとともに、平和学習の拠点とするために建設されたのが「平和の礎」です。建物などの基礎の「いしずえ」を沖縄の方言では「いしじ」と発音するそうで、平和創造の「いしずえ」となることを期待して建設されました。国籍や軍人、民間人の別なく、全ての戦没者の氏名を刻んでいます。

【平和祈念資料館】080201

 沖縄戦の体験と平和の尊さを伝えるため、ひめゆり同窓会によって設立された平和祈念資料館です。ひめゆりの塔の横で説明聞き、冥福をお祈りした後、証言映像や当時の写真、壕の実物大模型などが展示された資料館をじっくり見学しました。見学態度も真面目で、添乗員さんやガイドさんからも褒められています。

【ひめゆりの塔】080201

 第二次世界大戦末期に「伊原第三外科壕」に学徒隊として従軍していた「ひめゆり学徒隊」にちなみ「ひめゆりの塔」と名付けられています。生徒は二中の「闘魂碑」のような背の高いものを想像していたようですが、約90㎝の塔です。

「ひめゆり」は学徒隊員の母校、沖縄県立第一高等女学校の校誌名「乙姫」と沖縄師範学校女子部の校誌名「白百合」とを組み合わせた言葉だそうです。

 下の写真は「伊原第三外科壕」です。ここは、アメリカ軍の攻撃を受け、壕にいた96名(うち教師5名・生徒46名)のうち、87名が亡くなるという、ひめゆり学徒隊の中で最も多くの犠牲者が出た壕です。

【昼ごはん】080201

 糸満市でお昼ご飯。メニューは沖縄そば、スパムの入った炒飯、餃子、ぜんざいです。子どもたちも満足です。

追記:食後の後片付けもきちんとできました。

【那覇空港着】080201

 那覇空港に到着しました。漁場を表す「魚場(なは)」が「那覇(なは)」の語源だそうです。気温は熊本の5月・10月頃と同じ。薄雲りですが暖かいですね。

【飛びます】080201

もうしばらくしたら鹿児島空港を離陸します。着陸まではスマホもフライトモードです。

追記:飛行機からの画像です。着陸後にアップしました。揺れることもなく、安心安全な空の旅でした。