令和7年度生徒会スローガン
学校経営グランドデザイン(PCで見てね).pptx パワーポイントです
050401:418493→060331:514058(95565)→070331:735542(221484)
令和7年度生徒会スローガン
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Y先生の日記より
2月18日(日)に熊本城マラソンに挑戦しました。今年は昨年に引き続き、2回目の挑戦。昨年は、20キロ地点で膝を痛め、その後足を引きずりながら10キロ歩きましたが、これ以上やると今後走れなくなりそうな気がしたので、30キロ地点で無念のリタイアとなってしまいました。もちろん、途中棄権ですので、完走メダルをもらうことができませんでした。家に帰ると、娘から「なんでメダル持って帰ってこなかったの!」と怒られたため、完走できるまではやめられないと思い、それから1年間、時間があればランニングを継続してきました。
今年の目標は完走・・・あわよくばサブ4(4時間切り)。9時02分にスタートの号砲。5分40秒/キロのペースで走ると4時間を切ることができるので、5分30秒/キロにペースを設定し、順調に10キロ地点に到達。そこに家族の応援があったので元気が出ました。そのまま20キロ。20キロでのタイムは1時間52分でこのままいけば、サブ4を達成できます。20キロ地点ではかなり元気で、フォトブースでポーズを決めるほどの余裕がありました。
しかし、25キロ地点になると少しずつ体に異変が・・・股関節に痛みが出てきたので、少し走り方を変えてみました。すると、大腿部やふくらはぎに激痛。路肩でストレッチをしては走り(歩き)の繰り返し。30キロ到達時間が3時間07分の大ブレーキを起こしてしまいました。サブ4をあきらめ、目標を「完走」のみに変更。30キロ地点にある整体師さんによるマッサージブースへ。10分ほどストレッチやマッサージを受けると症状が劇的に改善していきました。「これであと12キロ行ける!!!」と思ったのも、束の間・・・500mで走れなくなりました。
涙が出るくらいの痛みに耐えながら走ったり歩いたりしていると沿道からサロンパススプレーの差し入れ。これまでの30キロを振り返ると、給水エリア、給食エリアでのたくさんのボランティアの方のサポート、沿道での絶え間ない応援、太鼓や歌での励ましなど多くの方に支えられて走ることができているのだと感謝の気持ちが溢れてきました。
明日に続きます。
生徒会執行部による朝の闘魂碑周りの整備風景です。新執行部にも伝統が受け継がれています。私も始めてから12年目、活動が生徒の手に移っていることがとても嬉しいです。
午前中は熊本県立水俣高等学校の卒業証書授与式に参列してきました。菅校長先生からは式辞の中でネルソン・マンデラ氏(元南アフリカ大統領で、平等を求める闘いに生涯をささげ、南アフリカの人種隔離政策、アパルトヘイトの終焉に貢献した公民権活動家)の「生きるうえで最も偉大な栄光は、決して転ばないことにあるのではない。転ぶたびに起き上がり続けることにある。」という言葉が贈られました。
27日(火)の総合的な学習の時間に、1年生はオンラインで北海道の清里中学校と交流を行いました。1年間、水俣について学んできたことを伝えました。二中生は清里中の雪景色に驚き、清里中の皆さんからは半袖姿の二中司会者のMさんに「夏?」という反応があったそうです。※交流の様子は清里中のHP(ブログ)でも紹介されています。
昨日のおはよう黒板です。丁寧な文字で内容も充実しています。ところで誰の誕生日だったのでしょう。おめでとうございます、牛乳で乾杯です。
今日は2組の出前授業でした。水俣高校のみなさん、大変お世話になりました。おかげさまで良い作品ができました。
管理責任者 校長 畑口益喜
運用担当者 情報教育担当者 畠山葵汐