二中ブログ

二中の最新情報!

【水俣二中】080115

 日本教育公務員弘済会熊本支部から1月1日付広報紙への原稿依頼がありました。以下の内容で寄稿しました。広報紙は熊本県の各学校の先生方に配付されています。

 水俣市立水俣第二中学校は平成23年4月1日の水俣市中学校再編成により、旧水俣第二中学校と旧水俣第三中学校の大部分を校区として開校しました。現在は両校の伝統を融合させ、教師・保護者と生徒が両輪となって、教育理念である「風格ある二中生」、学校教育目標「自立心にあふれ、夢を実現する生徒」の具現化に取り組んでいます。PTA活動も盛んで、九州PTA長崎大会での提言、熊日PTA新聞コンクール小中学校の部優秀賞、全国PTA年次表彰など、教師・保護者と生徒とが生き生きと過ごせる学校です。

 本校は平成8・9年度に熊本県教育委員会の「環境教育」の研究指定を受け、それを機に地域ゴミ分別収集への参加など、水俣の歴史を踏まえ地域との絆を大切にした研究と実践を進めました。その成果は環境大臣表彰や教科書への掲載、多くのテレビ取材などにつながり、平成22年度には日本の環境首都に選ばれた水俣市にあって「環境教育の二中」として名を馳せ、スクールプライドの醸成につながりました。

 また、令和6・7年度は「学校体育」の研究指定を受け、「自ら考え行動し、自他共に高め合う生徒の育成」を目指して研究を進め、「様々な“あい”が育まれる」教育実践に取り組みました。環境教育と合わせ、水俣二中生の健全育成のための大きな2本の柱となっています。

【福祉体験学習】080114

 3年生は総合的な学習の時間で福祉体験学習に取り組んでいます。今日は車椅子体験と目隠しをしての歩行体験を行いました。車椅子はマーカーにぶつかりぶつかり、目隠し体験はおそるおそるの歩行でした。水俣市の福祉に関する課題と取組について学び、自分たちはどう関わっていくかという意識を高めて二中を卒業していきます。

【三太郎駅伝競走大会】080113

 熊本県内で最も歴史のある駅伝大会「熊日三太郎駅伝競走大会」が11日に開催され、二中生も7名が選手・サポート役として参加しました。冷たい雨の降る水俣市役所をスタート、芦北町役場田浦支所をゴールとする10区間40.2kmでタスキをつなぎました。途中は小雪の中の大会でしたが、水俣Aチームが10連覇を果たしました。2区Mくんの活躍は熊日新聞に写真入りで紹介されていました。また、同じ日の午後に、都道府県対対抗女子駅伝競走大会の8区を走ったTさんからアンカーへタスキをつなぐ場面も写真で大きく紹介されていました。また、1面の最初に二中生2人の写真が並んでいます。

 平成22( 2010)年の今日は大雪でした。最後に担任をした生徒たちと、朝から雪合戦をした画像を見つけました。

【成人の日】080112

 今日は「成人の日」、大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝いはげます日です。かつては、元服の儀が小正月に行われていたことから1月15日に固定されていましたが、ハッピーマンデー制度により平成11(2000)年から1月の第2月曜日に変更になりました。

 令和4年4月からは18歳成人。成人の日の前後に「二十歳の集い」を開いている自治体も多く、水俣市でも昨日「二十歳の集い」が開かれました。今年も「小・中・高でお世話になった先生方からのメッセージ動画」の場面が一番盛り上がったことでしょう。私用で参列できませんでしたので「広報みなまた」を楽しみに待っています。

 成人すると保護者の同意なしに契約などができるようになり、未成年者取消権が認められなくなります。余談ですが、私が大学生の時にパソコン購入詐欺があり、その時は20歳が契約取消の分かれ目でした。これが18歳からになったということ。しっかり勉強しておきましょう。

【七日×七】080111

 今日は昼前から父の四十九日法要です。18年前に学級通信に書いた父の話です。若い頃であればクマ出没の話にワクワクして行きかねなかったと思います。

~実家には猟犬がたくさんいる。裏庭には随分行っていないので数えたことがない。

 冬はイノシシ猟の季節。私の父の血が騒ぐ。猟をしたいからという理由で、高校を1週間で退学した父。普段はあっちが痛いこっちが痛いと言っては仕事をサボるのに(職業は庭師です)猟にだけは皆勤賞、病気もいつの間にやら自然治癒、山道を毎日10㎞近く歩き回って平気な顔をしている。(痛いなんてこぼしたら母から何と言われるかよくわかっている。)

 猟期は全く仕事に行かず、家にはあちこちにあふれるアゴの骨・切り取った尻尾・猪や鳥の剥製、冷凍庫の中はシシの肉だらけ。妻子の苦情をものともせず、わが道を行く70年。働かないことで実害を受けていた子どもの頃は、とにかく猟に行くことが嫌だったのだが。最近は息子も年をとって、「しかたないな」と笑い飛ばす余裕もできた。しかし、いまだに本人には妻子に迷惑をかけているという自覚がない。野生のじいさんは今日もわが道を行く。~

 写真は昭和30(1955)年頃、左端が祖父、中央が父です。イノシシは仕留めたのを立てています。今は猟師が減って、害獣による農作物被害に大変困っているそうです。昨年末に話題になりましたが、テレビで見る熊猟師の皆さんの年齢もかなり高いですね。

【3学期の抱負2】080110

1年生 HKさん

 私が3学期に頑張りたいことは三つあります。一つ目は自分からのあいさつです。私は普段、自分からあいさつをしようと心がけていますが、時々、先にあいさつをされてから返すことがあります。自分からのあいさつを欠かさないようにしたいです。

 二つ目は班活動での意見の伝え方です。私は班活動ではしっかり人の意見を聞き、自分の意見も言うことを心がけています。しかし、自分の意見を上手く伝えることができないこともありました。話す前に考えを整理して、相手に分かるように伝えることができるようになりたいです。

 三つ目はテスト勉強に頑張ることです。私はワークや教科書を使って何度も復習をするように心掛けていますが、苦手な教科は後回しにしてしまうことがあります。これからは苦手教科もしっかり勉強できるように、余裕をもって取り組もうと思います。そして、次の学年に向けての準備の学期でもある3学期は、やるべきことにしっかり取り組み、新1年生のお手本となるような2年生になるための準備をしたいと思います。

【3学期の抱負1】080109

3年生 YIくん

 私が2学期に頑張った事は二つあります。一つ目は駅伝です。私は日々のきつい練習を頑張り、今年の郡市大会でBチームのアンカーを任されました。駅伝の練習や大会に参加できたことで悔しさや喜びをたくさん知ることができました。

 二つ目は3年間の音楽部の臨時部員としての活動です。たくさんの行事に参加し、昨年と今年はコンクールで結果を出し、3年間頑張り続けたことで自分に自信を持つことができました。

 この経験を踏まえて、私が3学期に頑張りたいことが二つあります。一つ目は高校進学の準備です。私は運動が好きだったけど、小6から中2まで体調を崩し、激しい運動ができなくなったため、運動部活動ができませんでした。けれども中3になって体調が戻り陸上の練習を再開することができました。あらためて走ることが好きだと感じました。高校では部活動をしたいと考えているので勉強と両立させなければなりません。苦手教科はそのままにせず、友だちや先生に聞き、何度も繰り返すことが大事だと考えました。

 二つ目は残り少ない中学校生活を楽しく過ごすことです。同じ学年のみんなと一緒に過ごすのはあと2ヶ月しかありません。3月8日には卒業式があり、それぞれの進路に向かうため、一日一日をこれまで以上に高め合い、楽しく大切に過ごしたいと思っています。そして、背中を押してくれた家族や先生に恩返しのできる高校生活を送っていきたいです。駅伝や音楽部での経験から、目標を叶えていくためには何事にも精一杯取り組むことの大切さを学びました。今、自分にできることを精一杯頑張り卒業できるよう、残りの中学校生活を充実させたいです。

【ゼロ学期始まる】080108

  生徒会新役員の任命式を行いました。会長のあいさつは「馬車馬のように頑張る」でした。

3学期始業式式辞の抜粋です。

 3年生の皆さん。さすがに今年の冬休みは進路決定を前に、ゲームや動画視聴三昧で、おうちの方から何を言われても「馬耳東風」というようなことはなかったでしょう。

 保育園や幼稚園、小学校、中学校、長い人とは10年以上の付き合いがあった「竹馬の友」との別れの時が迫っています。数年後は「生き馬の目を抜く」社会に出ていく皆さんです。「人間万事塞翁が馬」良かったり悪かったり波を繰り返しながらの人生です。その波が下に振れた時にあなたを支えてくれる一人が、今、隣にいる仲間たちです。残りの40日間、人との関りを大切にして、再会したときに中学校生活を楽しく語れる関係を築きましょう。

 1・2年生の皆さん。助走期間である3学期を次の学年の『ゼロ学期』と位置づけ、次年度への準備を進めましょう。その際「馬の耳に念仏」とせず、先輩や先生、お家の方等のいろいろな意見を素直に聞いてよいものはどんどん取り入れましょう。「老いたる馬は道を忘れず」きっと参考になるはずです。短い3学期ですが、一人一人が「名馬に癖あり」といわれるような個性を磨き、入学式の日から新入生に驚きと感動を与える上級生になりましょう。 

 水俣二中を巣立つ3年生の皆さんには後輩に何を残すか、後を引き継ぐ1・2年生の皆さんは先輩から何を学び取るか。それぞれ一点に絞った3学期、ゼロ学期を送ってほしいと願っています。そして次年度は「馬には乗ってみよ、人には添うてみよ」というように色々な事に挑戦しましょう。できない理由を探さずに挑戦すれば「瓢箪から駒」思いがけない結果が待っていることでしょう。

【都道府県対抗女子駅伝】080107

 3年生の田上莉子さんが、1月11日(日)に「たけびしスタジアム京都」をスタート・フィニッシュとする「皇后杯 第44回全国都道府県対抗女子駅伝競走大会」に出場します。

 田上さんは11月15日の中学生選考レースで激戦を制し1位となり代表選手に選ばれました。その後、12月7日の練習会、26日~29日の強化合宿、そして1月5日の結団式を終え、今日は高岡水俣市長を表敬訪問して大会への決意を語りました。明日8日は京都へ出発します。大会は12時30分スタート、テレビ中継されます。(写真は陸上競技部のメンバーと横断幕の前で)

【リーダー研修】080106

 今日、明日の2日間、生徒会新執行部のリーダー研修を行います。研修の最初は恒例の校長講話からですが、教頭の頃から担当しているので今回が14回目の講話です。自分たちがやって楽しい生徒会活動にすることが一番です。

 学習指導要領では生徒会活動について、目標を「生徒会活動を通して、望ましい人間関係を形成し、集団や社会の一員としてよりよい学校生活づくりに参画し、協力して諸問題を解決しようとする自主的、実践的な態度を育てる。」こと、内容を「学校の全生徒をもって組織する生徒会において、学校生活の充実と向上を図る活動を行うこと。」として

(1)生徒会の計画や運営

(2)異年齢集団による交流

(3)生徒の諸活動についての連絡調整

(4)学校行事への協力

(5)ボランティア活動などの社会参加  の5つを挙げています。

【仕事始め】080105

 今日は仕事始めです。あいにくの雨でした。学校宛ての年賀状とメールチェック、後は丸一日進路事務です。間違いがなくて当たり前とされる仕事です。3年部の先生方も正月気分は疾うに捨て、集中して業務に取り組んでいます。

 毎年、元日は朝5時前に家を出て、妻と二人で1時間ほど歩いて八幡神社にお参りに行っているのですが、昨年11月のとある事情により今年は車でのお参りとなりました。

 私は同窓会の日に実家近くの神社に参拝しました。毎年願いは一つ、賽銭箱に100円を入れて「水俣二中のかわいい3年生全員が希望の進路に進むことができますように。」と祈ると、どこからか威厳のある声が…。

神「そなたの願い叶えてやろう。」

H「その声は神様でしょうか!」

神「そうじゃ。だが、条件がある。」

H「まさか、私の命ばかりはご勘弁を。」

神「そうではない。あと10円足りんぞ。」

 

【ヒマラヤザクラ】080104

 駐車場にヒマラヤザクラがあるのはご存じでしょうか。これは、平成10年度生徒会会長の榮永さんが、大学の先生から環境水俣市民賞受賞の記念に頂いた3本(1本は二中、1本は吉井元市長、1本は不明)のうちの1本を植樹したものです。

 苗木を植えてから27年が経ちましたが、すくすく育ちました。ヒマラヤザクラは大きなものでは30m程度に育つそうです。11月から12月に咲く二中のシンボルの一つです。花のない季節、蜂もたくさん寄ってきていました。

 昨年末、榮永德博さん(お父さん)が当時のいきさつについて熊日新聞の取材を受け、12月25日に掲載されました。どなたか、あと1本の行方はご存じないでしょうか? 

【同窓会】080103

 昨日は田浦中学校の還暦同窓会に参加しました。前回の同窓会は田浦中の校長の時でしたので、挨拶が回ってきて困りましたが、今回は参加するだけですので気楽です。挨拶は生徒会長だった、現水俣消防署長のKくんでした。全国に散らばっている同級生の参加集約など、幹事の皆さんは大変なご苦労をおかけしました。

 同級生の3分の1にあたる約40名が集まりました。同じ職業の同級生とは度々会う機会があるのですが、当時は田浦小・小田浦小・海浦小・井牟田小の4校から集まる中学校でしたので、一度も同じクラスになったことが無かったり、一度も話したことがなかったりした同級生もいます。卒業アルバムで予習をして参加しました。私の席は、小学生の頃の話で盛り上がりました。

 40年前の成人式の後の第1回から始まり、今回が最後の同窓会です。中学3年生が言う「最後」と違い、いよいよこれからは本当の最後の連続です。最後の重みが違います。

 今年の11月18日には水俣高校の還暦同窓会を開く予定です。そちらも楽しみです。

(田浦中の同窓生から飛行機から撮影した富士山の写真をもらいました。)

【「馬」の入ったことわざ】080102

「馬」の入ったことわざです。いくつ分かりますか?始業式の校長式辞で10個ほど使います。ところで、もともとは「警戒しなさい」という意味だったのはどれでしょう?

①馬耳東風

②竹馬の友

③生き馬の目を抜く

④人間万事塞翁(さいおう)が馬

⑤馬の耳に念仏

⑥老いたる馬は道を忘れず

⑦名馬に癖あり

⑧馬には乗ってみよ、人には添うてみよ  

⑨瓢箪から駒

⑩鞍上(あんじょう)人なく、鞍下(あんか)馬なし  

⑪牛も千里、馬も千里

⑫天高く馬肥ゆる秋 

⑬敢えて後れたるに非ず、馬進まざればなり

⑭夕立ちは馬の背を分ける

⑮内で掃除せぬ馬は外で毛を振る

 趙充国 将軍(前漢)の言葉「雲浄くして妖星落ち 秋高くして塞馬肥ゆ」が由来。秋になると匈奴の馬が大きく強く育ち、その馬で攻め込んでくるから警戒せよ。正解は⑫です。

【丙午】080101

 明けましておめでとうございます。今年も水俣二中をよろしくお願いします。

 今年の干支は丙午(ひのえうま)です。「丙」は陽の「火」を表し、太陽のような明るさや情熱、強い意志の象徴です。「午」も「火」に属し、行動力やスピード、エネルギーを意味します。この二つを組み合わせた丙午には、「情熱と行動力で突き進む、道を切り拓く」といった意味があります。二中もそんな年にしていきましょう。

 余談ですが、丙午生まれの女性は「気性が激しく夫の命を縮める」などの迷信があります。江戸時代に恋人に会いたい一心で放火事件を起こして火刑にされたといわれる「八百屋お七」は丙午生まれとされています。前回の丙午にあたる昭和41年生まれは、私の一つ下の学年なので丙午の話はよく聞かされていました。この迷信を信じる人が多かったのでしょう、出生数は40年、42年生まれよりも約50万人も少なくなっています。

 迷信、迷信。私の命が縮まる気配は少しもございません。 

※門松はF先生作です。

 

【明日ありと】071231

 親鸞聖人が9歳で仏門に入る決心をし、夜に天台座主の慈円僧正を訪ねたとき、「時刻も随分遅いし、疲れているでしょうから、明日の朝に得度の式をしましょう。」と言われたそうです。その時、幼い親鸞聖人が、返事として「明日ありと思う心の仇桜 夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは」という歌を詠まれたそうです。

 平成28年12月30日、大学生の次男を迎えに行った帰りに実家に寄ろうと考えていたのですが、夜も遅くなったため「正月には会うから、今日はそのまま水俣に帰ろう。」という話をしながら、田浦ICを通過しました。

 31日の朝、母から「父の様子がおかしい、反応がない。」との電話がありました。すぐに救急車を呼ぶように伝えました。脳出血でした。「夜半に嵐」が吹きました。

 搬送された水俣医療センターでは最初は1週間と告げられました。令和7年11月24日の朝に息を引き取るまで、意思疎通もできないまま、ほぼ9年間に亘り芦北町の病院に入院していました。

 コロナ禍以降、家族でも面会が制限された時期です。孫たちが結婚してひ孫ができたことも、私が校長になったことも知りません。母はどんな状態でも生きていてほしいという思いでしたが、食事を口から摂ることもできなくなり、何度も危ない日を繰り返し、辛い9年間だったと思います。

 親と過ごせる残りの日数の目安は、1年で親と過ごす日数×(平均寿命-親の年齢)だそうです。息子たちと過ごす時間を計算すると、月に1回+盆正月で2回、8時間ずつ会うとして(8時間×14回)×(84歳-60歳)=112×24=2688時間=112日ということになります。288ヶ月の内の4か月ほど。少ないですね。「明日ありと思う心の」ですよ。

【毎日楽しい】071230

 一中のH先生も読んでいると思いますので意識して書きます。

 今夜、最後に担任をした平成19年度の二中1年1組の生徒たちと会う予定です。上級学校説明会に来ていた自衛隊のNくんの計らいです。

 入学式直前、ルンルンで教室に入ると待っていたのは42歳の大男。第一印象は「ヤバい」だったそうです。失礼な。最初の集合写真はみんな表情が固まっていました。

 学級づくりにはとにかく力を入れました。毎日、何らかの人間関係づくりの活動をしていました。B4版の学級通信も全部で52号、毎週休まず発行して子どもたちの姿を保護者に伝えました。使う写真は笑顔があるものに限定しました。

 みんなで考えた学級目標は「一致団結 男女仲良く 毎日楽しい1年1組」、クラスを閉じる時にはみんなが目標を達成できたと答えました。前年の3年生と合わせ、私の担任としての集大成です。(知っている範囲で並ぶのは湯浦中Y先生のクラスかな。)

 二中勤務6年目でしたので、せめて2年生まで担任をして異動と思っていましたが、翌年から教務主任を任されることになりました。ショックでしたが、そのことで8年目も二中に残り、卒業まで見届けることができました。来年もこの形で行こうと思った瞬間に、担任生活は終わらされます。仕事ですから、希望は言えても自分で決めることができるものではありません。担任の先生方、一年一年を最後だと思って楽しんでください。

 異動することが決まって、旧1年1組の保護者の皆さんに送別会を開いていただきました。「次の学校では担任として頑張りたい。」と話したところ、ある保護者から「もう担任はしないでください。」と言われました。「?」でしたが、「担任だとそのクラスしか楽しくならない。先生が校長先生になればきっと学校全体が楽しくなる。」ということでした。今の仕事の原点です。

【2学期を振り返って4】071229

次期生徒会会長 NAくん

 皆さんこんにちは。長かったような短かったような2学期も今日で終わりです。冬休みに入りますが、長期休みでも二中生の自覚を持って落ち着いた行動をしましょう。

 冬休みが明け、3学期が始まれば執行部や委員長などのメンバーも変わり、新生徒会としての活動が行われていきます。その中で頑張りたいことが二つあります。一つ目は公約の実現です。生徒会役員改選の演説では、校則の改正や行事の活性化などを公約として掲げました。3学期からは、それらのことを実現するために、具体的な取り組みを始めていきたいと思います。二中が活気づくために、まず自分が進んで行動したいです。

 二つ目は、スローガン作成です。新年度からの生徒会活動の根幹となるものなので、しっかり周りと話し合ってよいものに仕上げたいと思います。3学期からは、生徒会長になるのでより良い学校をつくるために力を尽くしていきます。

【2学期を振り返って3】071228

3年 HYさん

 私が2学期に頑張った事は二つあります。一つ目は受験に向けての学習です。中学3年生として本格的に受検を意識し、毎日の勉強に取り組みました。特に苦手教科である数学と理科の克服に力を入れました。問題を解いて終わりにするのではなく、解きなおしをしたり、なぜ間違えたかを考えたりしました。また、分からかないことをそのままにせず、教科書やノートを見直すなど、基礎から復讐することを心がけました。その結果、以前よりも問題が解けるようになり、少しずつですが自信が持てるようになりました。さらに検定の取得にも挑戦し、勉強の計画を立てて取り組む力を身に付けることができたと思います。

 二つ目は合唱コンクールです。最初の練習ではパート毎で声がばらばらで揃わなかったりとうま く行かないことが多く、本番が少し不安でした。しかし、文化祭が近づくにつれ声が揃うようになっていき、歌声も大きくなりました。本番ではこれまでの努力が実り、クラスの団結力を感じられる合唱ができたと思います。この体験を通して、改めて仲間と協力することの大切さを学びました。

 3学期はいよいよ受験本番です。2学期に身に付けた学習習慣を大切にし、最後まであきらめず努力を続けていきたいです。また、体調管理にも気を配り、万全の状態で受験に臨めるよう心掛けたいです。そして、自分を信じて悔いの無い受験にしたいと思います。

【2学期を振り返って2】071227

2年 YWくん

 僕が2学期に頑張ったことは三つあります。一つ目は委員会活動です。給食委員会の仕事を1回も忘れずにすることができました。特にコンテナ当番のときになるべくはやくコンテナの場所に行き、準備することを意識しました。

 二つ目は文化祭です。劇の小道具作りと道具出しの役割や、本番の机や椅子などの配置をしまし た。僕は演技や小道具を作るのが苦手ですが、道具の配置はうまくいき、劇の手伝いができたので良かったです。

 三つ目は柔道です。週に6回の練習を頑張っています。最近は勝てるようになってきたのでさらに練習を頑張っていきたいです。

 これから頑張りたいことが三つあります。一つ目は勉強です。来年は受験生になるので、希望する高校に行けるように冬休みから勉強を頑張ろうと思います。

 二つ目は提出物です。宿題がほぼ毎日出せていないので、まずは冬休みの宿題の期限を守って出せるようにします。

 三つ目は授業態度です。僕は授業中に居眠りをしてしまうことがあります。3学期からは睡眠時間を確保するようにします。3年生に向けてしっかり準備をし、今の3年生を越えられるようにしたいです。