令和7年度生徒会スローガン
学校経営グランドデザイン(PCで見てね).pptx パワーポイントです
050401:418493→060331:514058(95565)→070331:735542(221484)
令和7年度生徒会スローガン
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海の近くに住んでいますが、お盆を過ぎるとイラ(クラゲ)が多くなるので海水浴も終わりです。雨が続いて連休中に泳げなかった孫たちは「えーっ!」と言っています。イラは植物の棘のことで、イラガ、イラクサなどの刺す生き物や植物の名前に使います。刺されてイライラするからイラです。調べてみると九州ではアンドンクラゲをイラというそうです。
祖父母や両親から「お盆は海では泳ぐな」と言われ続けてきました。何かに「引かれる」そうです。何かとは何かの事です。最近、見えたような気がしてドキドキしたことが何度もあります。いかんいかん、教師たる者は科学的な発言をしなければ。
「線香は亡くなった方のご飯」、「お墓はご先祖様そのものなので上から水をかけてはいけない。」、「亡くなった方は香りを楽しむのでビールやお酒などのふたは開ける。」など、この時期のテレビは墓参り情報満載です。
九州では馴染みがありませんが、キュウリとナスに割りばしなどを刺して作った馬と牛を模したお供え物「精霊馬(しょうりょうま)」も紹介されました。先祖の霊に早く帰ってきてほしいので行きは「馬」、ゆっくりあの世へ戻ってほしいので帰りは「牛」だそうですが、最近ではバイクや車、飛行機などいろいろな乗り物が作られてネットにアップされています。時代です。
水俣ではやっていないようですが、田浦ではお盆に「柏だご」をお供えしていました。母によるとダンゴが少ないと、あの世に持って帰ったときに友だちから「お前の所は少なかねぇ。こすかねぇ。」と言われるそうです。「柏団子」で検索したところ、芦北町の大野保育園のHPが挙がってきました。
社会科が専門ですので、重大事件発生時の新聞は保存するようにしています。変色して時の流れを感じることができるのも良さです。子どもの誕生も重大事件です。2人の子どもたちの誕生日の新聞も生まれた日から20歳までの21年分保存していました。「いました」と書いたのは、令和2年7月豪雨の1週間前に田浦に移した新聞のほとんどを水没させてしまったからです。
残っていた平成25年の新聞の一面を見ると「TPP交渉 関税撤廃項目90%超」「英、シリア攻撃断念」「最低賃金11円引き上げ 時給664円を答申」「台風15号昼ごろ県内最接近」、テレビ欄は「世界ふしぎ発見!」「嵐にしやがれ」「世界一受けたい授業!!」「あまちゃん」などが並んでいます。中の映画の紹介は福山雅治さん主演の「そして父になる」、スポーツ欄には「楽天イーグルス田中将大投手23連勝」「熊本ヴォルターズ ユニフォーム披露(9月からNBLに参戦)」などなど、誕生日の出来事を振り返ることができます。
孫たちからは誕生日とその翌日(誕生日に何があったか分かるように)の新聞を保存するようにしました。これから親になる皆さんにお勧めです。
今年で3年目となる「みなまた未来ラボ」子ども議会が7日(木)に水俣市議会議場で開かれ、「みなまた未来ラボ」に参加した水俣高校生8人、市内の4中学校生8人の計16人が議員として参加しました。二中からも3人が議員として参加、本物の議場での会議に緊張していましたが、YT議員は事前に議長に選出されて堂々と議事を進めました。産業・経済分野では二中のYY議員が「中心市街地の賑わいづくりについて」質問に立ち、生活基盤分野では二中NA議員が学習成果発表を行いました。
議会の様子は撮影ができないため、後日「広報みなまた」等でご覧ください。
ひどい雨でした。皆様、ご無事でしょうか。帰省中の二中の先生方とも被害状況について連絡を取りましたが、住んでいる地域によっては厳しい状況の報告がありました。満潮は10時頃、雨と重なりどんどん水位が上がっていきました。
全国ニュースも熊本県の雨の情報が主でした。熊本市西区や八代市など息子や弟、甥が住んでいる地域の様子が映し出されます。それぞれから動画も送られてきましたが、田浦の母たちは大丈夫のようです。西区の息子はお嫁さんのご両親の家に避難しました。八代の弟は家の前の道が川と同じ水位になっています。水が掃けないのでトイレが使えず、簡易トイレを準備したとのことです。同じく甥も同じような状況です。
子どもを連れて帰省している息子は、出産で八代に入院中のお嫁さんとやり取りです。そういえば息子が生まれた時は大きな台風で妻が入院中だったことを思い出します。病院に落雷があり停電、アパートの車は水没が心配です。芦北の令和2年7月豪雨で被災しているので、今後の対応の大変さに頭を抱えています。
八代の弟から、午後1時前に水がやっと引いたとの連絡がありました。その後追加で、「中学生の息子はさっき起きてきて何も知らない。幸せです。」無事で何よりです。
今日は「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」ことを趣旨とする「山の日」です。漢字の「八」が山の形に見えることや、「11」は木が立ち並ぶイメージがあることから、8月8日が山梨県・岐阜県、11月11日は香川県・愛媛県・高知県など、各都道府県の山の日で「8」や「11」が多く用いられているそうです。8月11日はお盆前で連休にしやすいという利点もあるようです。皆さんにとっては夏休みの中の祝日はあまり関係がありませんが、大人になると嬉しい休みです。
ある方の「海の日があるのに山の日がないのはなぜだ~!」という意見が「山の日」を制定しよう議論の始まりだったとか。そういうことなら「空の日」「平野の日」「盆地の日」「河岸段丘の日」「三角州の日」「扇状地の日」「大陸棚の日」、地理で習った用語で意見を述べてみることとしますか。
6日(水)、熊本県立劇場で第92回NHK全国学校音楽コンクール熊本県コンクールが開催され、12番目に登場した水俣二中・水俣一中合同合唱部は、出場校から4校が選ばれる銀賞を受賞しました。顧問のFY先生によると「自分が知っているここ30~40年では、水俣芦北からは銀賞は出ていないのではないか。」とのこと。自身がお世話になった音楽の先生に電話して確認していました。顧問のMY先生は「生徒たちは他校の合唱やすばらしさに触れたり、悔しさをバネにがんばったり、とたくさんのことを吸収してくれたと思います。」と話されていました。大会を通しての成長が嬉しかったとのことでした。
研究授業の指導助言で来校されたK指導主事の右腕が腫れていました。聞くと自宅に巣を作ったスズメバチの駆除中に刺されたとのこと。途中でスプレーが切れたのが敗因でした。
暑すぎる夏と早すぎる梅雨明けでスズメバチの活動時期が早まっているそうです。厚生労働省の人口動態調査によるとハチ(大部分がスズメバチ)による死者の数は平成29年13人、平成30年12人、令和元年11人、2年13人、3年15人、4年20人、5年21人です。過去15年間の統計では80歳以上が75人(29.3%)を占めて最も多くなっています.以下は70歳代69人(27.0%)、60歳代67人(26.2%)、50歳代が30人(11.7%)の順で、高齢者が多いという特徴があるそうです。私の母も落ちていたスズメバチの腰から下をゴミだと思って素手で触ったところ刺されて即病院行きでした。死骸も危険です。
スズメバチは外敵が巣に近づく(約10m)と、「相手の周りをしつこく飛ぶ。相手に狙いをつけて、空中で停止する。最後の警告としてあごをかみ合わせてカチカチという音を立てる。」などの行動を行います。攻撃態勢に入ったスズメバチは、黒いものに向かってきます。(巣を攻撃して幼虫や蜜をとる熊が黒だからという説あり。)白や黄色がより安全な色のようです。もし巣に近づいてしまったらすばやい動きに対して攻撃してくるため手でふりはらったりせず、頭などの黒い部分を隠し、低い姿勢で静かに後ずさりするのが得策だそうです。また、スズメバチが近づいてきたらじっとしておくのが良いようです。
教訓です「駆除には完全防備の上、駆除スプレーは満タンの状態で臨みましょう。」
今日のテーマは画像の「ヒマワリ」にとまっている「ミツバチ(ニホンミツバチ)」です。花粉を体にいっぱいつけて花と同化しています。私が子どもの頃は田浦の実家では、祖父が趣味で養蜂をしていました。動画共有サイトを見ると、趣味の養蜂がたくさんあがっていますが、実家の最初の群れは祖父が若い頃に、人吉から担いで田浦まで歩いて運んだそうです。地方ではまだ車が普及していない昭和の始めの話です。
ミツバチの群れは、1匹の女王蜂と約5万匹の働き蜂(雌蜂)、繁殖期には全体の1割ほどの雄蜂で構成されています。働き蜂のエサとなるのは集めてきた花の蜜や花粉で、一度に40mg(自身の体重のおよそ半分)の蜜を運びます。私が45㎏を抱えて飛ぶのと同じです。一匹のミツバチが一生で集める蜜の量はスプーン1杯(5g)程度だそうです。
スズメバチと違い、ミツバチはおとなしく人を刺すことは滅多にありませんが、子どもの頃は洗濯物についていたりした蜂に年に数回は刺されていました。慣れていた頃は蚊に刺された程度にしか感じませんでしたが、最近では刺されたところやはり痛いですね。ミツバチは刺すと針(一緒に内臓ごと)がとれてしまい、興奮物質が周りに広がります。その興奮物質によって他のミツバチから攻撃されることがあるそうです。特に巣を攻撃されたと感じた時はガンガン攻撃してきますので、巣の傍を通る時は用心しましょう。
莫斯科と書いてモスクワと読みます。時差は6時間。二中時間は午後2時半、モスクワ時間は午前8時半です。モスクワ日本人学校の吉田先生と二中の先生がオンラインで交流を行いました。吉田先生とは3月の退任式以来の会話です。モスクワでの生活の様子や、二中生の頑張る姿についてお話しすることができました。次回は冬休みを計画しています。
「モス日通信」のコーナーもぜひご覧ください。
人吉市の永国寺(曹洞宗蓬来山永国寺)は「ゆうれい寺」として知られます。今年は8月2日に「ゆうれい祭り」が開かれ、寺に伝わる幽霊の掛け軸の開帳、実行委員会による「ゆうれい屋敷」などがあり賑わいました。 私も平成3年から7年間、永国寺と道を挟んだところに住んでいましたが、祭りの日は朝から読経が聞こえていました。
お寺ができた1408年頃のこと、ある有名な武士の妾が、本妻の激しい嫉妬により球磨川に身を投げて死んでしまいました。その怨念は幽霊となって本妻を苦しめました。永国寺の裏の池に出てきた幽霊が実底超真和尚によって諭されるとともに、掛け軸に描かれた自分の今の姿を見てショックを受け、ゆうれいは望んで和尚に成仏させてもらいました。
というのが掛け軸について良く知られている話です。人吉の社会科研究会で史跡見学をして回ったときに聞いた話には続きがあって、顔をしっかり観察してください。その後…。はだけた右肩に視線を移してください。
描かれてしばらくたってから、そこに本当の顔が浮き出してきたそうです。画像検索でも良いですがレプリカを本堂に常設してありますので人吉に行かれた際はぜひ見学を。さらに、来年の幽霊祭りではぜひ本物を。
夏休みには普段できない研修の機会が沢山あります。教科ごとの研究会もその一つです。私とFK先生が所属する中学校社会科部会は、芦北町文化振興課主幹の深川裕二さんの案内のもと佐敷城跡(スカイドームを見下ろす位置にあります)や佐敷の街並みの巡検を行いました。石垣は当時の物と再建した物を石の面取りの有る無しで見分けることができるそうです。研修の成果は授業づくりに活かします。
芦北町観光協会のHPによると、「佐敷城跡は加藤清正が島津氏に備え肥薩国境防備のために築城したもので、島津・加藤両氏の戦いの場となりました。廃城時に壊された石垣などが残り、天下泰平銘鬼瓦など注目される遺物も出土するなど、近世初頭の政治・軍事を理解するうえで貴重な遺跡として、2008年に国史跡に指定されています。現在は石垣が再現され、天空にそびえる美しい城跡を見ることができます。」とのことです。
2学期以降のさらなるステップアップを目指し、1年生は夏休みにワークショップを中心にしたリーダー研修を実施しました。まずは分析シートを使った自己理解と、対話によるお互いの理解からスタートです。
ある役員さんのPTA懇親会での注文が話題になったが、私もそうである。「チーズやチーズ味のお菓子をよく買うね。」数年前に妻から言われた。まったく自覚がなかった。そういえば家の冷蔵庫やお菓子箱にチーズ系の食べ物をよく見かける。私が買ったものだったのか。
「変わった味のジュースをよく買うね。」と言われた。少し自覚がある。「ブログのネタにもなるので、変わった物にはとりあえずチャレンジしてみたい。」ということにしている。「ドリアンサイダー」はチャレンジの末、敗北した。
「餡(あん)物をよく買うね。」と言われた。ネコの名前も「おはぎ」にしたくらいだ。これは自覚がある。書きながら祖母がおはぎを「なかめしぐるりあん」と言っていたのを思い出した。フランス語の語感がある。引き出しには弟からもらった、私の来年の誕生日が賞味期限の小さい羊羹を入れている。
「同じ服や靴を色違いで持っているね。」と言われた。これには理由がある。体が割と大きいので、特に靴は気に入ったデザインでサイズが合う物を見つけた時が千載一遇のチャンスだ。
自分では気づいていないことが他にもたくさんあるかも知れない。
水俣高校のスタンフォード大学オンライン講座(Stanford-e-Minamata)の開講式に出席してきました。式典の後、受講生は早速1回の講義に向かいました。
講座ではいろいろなテーマをもとに、スタンフォード大学講師に英語で学び、ディスカッション等を行います。受講生には二中卒業生も選ばれていました。最終回は生徒によるプレゼンテーション発表を行い、成績優秀者は来春、スタンフォード大学現地での表彰式に2名(予定)が参加できます。25名の受講生のチャレンジは水俣高校のHPでも紹介されます。
「明日から頑張る!」と26回言えば始業式、夏休みも3分の1が終了です。暑い日が続き、花壇の花もピンチです。休みの日にも学校に出てきて水遣りをしています。明日の雨予報がいつの間にか晴れに変わっていました。残念。
PTA花壇と正門のヒマワリは満開です。昔、二中で同勤したM先生から「はたぐっちゃんやろ。」と褒めてもらいました。お気づきいただきうれしいです。駐車場の方を向いているのが残念です。
挿し芽から育てたアジサイには日よけをしました。二中を去ってもしっかり育つまでは面倒を見たいと思っています。今年度も3分の1が終わりました。あと224回でブログも終了です。ネタがない時は花か虫の話でごまかしています。昨日も今日も、そして来週の金曜も、ネタが無くてごまかしているなと思いながら読んでください。
出勤時間帯の職員玄関前の樹木ではセミの大合唱。オスの腹腔内には音を出す発音筋と発音膜、音を大きくする共鳴室、腹弁などの発音器官が発達していて、発音筋を1秒間に2万回振動して音を出し、メスを呼びます。
ニイニイゼミは一日中、クマゼミとミンミンゼミは午前中、アブラゼミとツクツクボウシは午後、ヒグラシは朝夕、などと鳴く時間が大別されますが、比較的涼しい朝夕が沢山の種類の声が聞こえるそうで、なるほど出勤時刻です。
幼虫として地下生活する期間は短い種では2年、長い種では17年と昆虫としては寿命が長いですが、成虫になってからの寿命は1か月程度です。以前は1週間とか言っていましたが、研究が進んで分かったそうです。
羽音を立てながらかなりの速度で飛びますが、止まれそうだと判断した場所に手あたり次第に突進する習性があるため、壁や枝にぶつかりながら飛ぶ姿もよく見かけます。
子どもたちが保育園児の頃、帰宅後に必ずしていたのは、全てのポケットをひっくり返してダンゴムシやセミの抜け殻が入っていないかチェックすることでした。セミを大量に捕まえてきて、家の中で放したこともあったそうです。この前は従兄弟と「優しいじいちゃんからはじめてすごく叱られた」と昔を懐かしんでいました。
「洗濯機 ぐるぐる回る ダンゴムシ」 才能有りでお願いします。
二中の夏、鍛える夏。
昨日からバレー部も参加して、40名を超える二中生が朝の長距離走練習に頑張っています。今年は体づくりで参加している生徒も多くいます。塩分タブレット補給、給水時間の確保、熱中症対策もしっかりしながら頑張っています。休憩時間の木陰は天国です。
意外に思われるかもしれませんが、体育的な才能は遺伝しない(諸説あります)そうです。ただ、体型については遺伝的要素が強いし、スポーツ好きの親は、子どもに小さい頃からスポーツ的な遊びをさせる傾向にあるので、自然とスポーツに親しむ習慣ができ、体育的な才能が遺伝したように見えるらしいです。
私自身、小さな頃は親と運動をして遊んだ記憶もないし、母によると家の中のどこにいるのかわからないくらい静かに本を読んで過ごす子どもだったそうです。
足も遅く、運動がとにかく苦手でした。しかし、子どもは成長するものです。6年生の頃に身長は170㎝を越えていたので、それまでは体格に筋力が追い付いていなかったのですが、急に走るのも速くなりました。高跳びの授業でとても良い記録が出て、担任の先生に褒められました。ちょっと運動に興味が向きました。
中高では、当時は県内でも背が高い方でしたので、バレーボールの試合に行くたびに色々な学校の先生から声をかけていただきました。また騙されました。
何事も嫌だと思えばとことん嫌になっていきます。好きだと思えばとことん好きになっていきます。好きになるきっかけは人がつくってくれることも多くあります。
二中生の皆さん、勉強もスポーツも、人との関係づくりも、あえて先生に騙され続けてみてください。
2年生代表 UIさん
私は2学期に頑張ったことが3つあります。
一つ目は無言清掃です。私語をせずに集中すると、普段は見逃してしまいそうな小さなごみや汚れに気づくことができます。このことから私は私語をせずに掃除に集中することが大切だと気付きました。
二つ目は勉強です。分からないところはそのままにしないようにしました。苦手な問題があると後回しにしてしまうことがありました。でも一学期は分からないところがあったらできるだけすぐ先生や友達に聞くようにしました。このことを積み重ねたことで、テストの点数も少しずつ上がっていきました。
三つ目は部活動です。部活動で特に心掛けていたのは自分から行動することです。ただ練習に参加するのだけでなく準備や片付け、声掛けるなど、チームのためにできることを自分から見つけて動くようにしました。部活の中では悔しいことや思うようにいかないこともありました。でもそのたびに前に進もうと努力することができました。
私が2学期に頑張りたいことは発言と発表です。私は授業中に手を挙げたり、自分の意見を言ったりすることが苦手でした。そこで2学期はまず授業中に一度は手を挙げてみたり、友達との会話の中でも遠慮せずに自分の考えを言えたりできるようにしたいです。不安もあるけれどやってみようという気持ちを忘れずに進んでいきたいです。
部屋の掃除をしていたら遭遇。クモが苦手だ。姿、形、ワサワサと移動する格好、死んで裏返った時の足の付け根が特に嫌だ。書きながらも気分が悪くなる。子どもの頃、天井から体のすぐそばに大きなクモが落ちてきて…………腰が抜けた。
中学生の頃、私のクモ嫌いは有名で、ビンに詰めたクモを持ったバレー部の先輩から追いかけられたこともあった。夜のクモ(コブ)は夜コブ(喜ぶ)といって縁起が良いと聞かされても、それはそれ、友達になろうとは思わない。
それでもなぜかクモの本を数冊持っている。テレビで特集があるとビデオに撮ってしまう。『アラクノフォビア(クモ恐怖症)』や『スパイダーパニック』という映画はDVDまで持っている。しかも、子どもの頃に数匹のクモを虫かごで飼ったこともある。木の枝にコガネグモを集めてまわる。子どものすることは矛盾だらけだ……、が怖いもの見たさは人の習性。
我が家は祖父の代からクモが苦手。その流れが私にも刷り込まれたようだ。この流れを断ち切るために子どもの前では平気なふりをしてきたが、実は冷や汗、鳥肌、頭痛、めまい。
『クモのはなし』という本の中に、クモの食べ方という話があった。国によっては比較的動きの遅いクモは重要なタンパク源となっている。串に刺して、足をもいで、焼いて・・。ジャガイモを生で食べたような味がするそうである。
あああ、書きながらめまいが・・・。
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