令和7年度生徒会スローガン
学校経営グランドデザイン(PCで見てね).pptx パワーポイントです
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2年生は走り幅跳びの授業です。目指すは男子走り幅跳びの世界記録、マイク・パウエルの8m95cm(1991年)です。助走前にみんなから手拍子をもらい気合が入ります。友達からは「二中のブログに載るぞ~。」と声援が飛びます。踏切ばっちり!ジャ~ンプ!後ろに倒れ、着地失敗!距離は出たのに~。今日も楽しい体育の授業です。
今日は熊本県立高校の合格者発表日です。インターネットによる合否照会サイトでの発表ですので、下の「合否照会の手引き」をご参照ください。なお、各高等学校のホームページでの発表はありません。
アインシュタインが授業中に9×1=9、9×2=18と黒板に計算を続けました。そして9×9=81の次に9×10=91と書くと、学生は笑いました。
アインシュタインは言いました。「9×1から9×9まで正しく解いたのに、誰もそれをほめなかった。しかし、9×10のたった一つの間違いにみんな笑った。」「間違いは挑戦の一部で、間違えないのは挑戦しない人だけだ。」
今日が新たな生活のスタートです。失敗を恐れずチャレンジしましょう。
平成23年3月11日14時46分18秒、宮城県牡鹿半島の東南東沖130kmを震源とする東北地方太平洋沖地震が発生しました。震災による死者・行方不明者は1万8428人、建築物の全壊・半壊は合わせて40万4893戸が公式に確認されています。日本国内で自然災害により1万人を越える死者・行方不明者が出たのは、戦後初めて(明治以降でも関東大震災、明治三陸地震に次ぐ規模)です。
平成23年、当時の宮本勝彬水俣市長は、公式確認から55年を迎える水俣病の経験を踏まえて、水俣病被害者や水俣市民が差別や偏見を受け、風評被害による様々な影響があったこと、原発事故で起こっている問題は、水俣病と重なる部分が極めて多いことなど、震災による原子力発電所の事故を受け、避難者への差別や偏見をやめるよう呼び掛ける緊急メッセージを市のホームページに掲載されました。
震災後、福島県出身の水俣一中の保護者の思いがきっかけとなって、福島県と水俣市の中学生の交流事業が始まり、数年に渡って継続されました。
私は、平成25年11月に福島県で開かれた事前学習会に水俣市の教頭を代表して参加し、福島県の中学生に水俣二中の環境教育の取組について講話を行いました。前日に仙台空港に着きました。タクシーの運転手さんは「私は、今は他県からのお客さんに語ることで、やっと心を落ち着かせることができている。」と話されていました。
閖上浜に着くと、他県在住の閖上地域出身の方に出会いました。やっとここに来る決意をしたそうです。「自分が知っている風景が何もない。」と涙を流されていました。
帰熊の日は楽天イーグルス初優勝パレードでした。前日の懇親会で福島県のPTA役員さんは、スポーツが元気をくれるということを強く語られていました。
先生方のメッセージの最終回です。みんなから愛された卒業生でした。
学年主任YY先生:3年前、みなさんとともに二中に赴任しました。真新しい、少し大きめの制服を着て入学してきた姿が昨日のように思い出されます。「どんな姿で卒業していくのかな?」そんな思いでみなさんとの二中での生活がスタートしました。
3年間を共に過ごし、日々成長していく姿にいつも感心させられていました。素敵な時間を本当にありがとうございました。これからのみんなの輝く未来をこれからも応援しています。
進路指導主事MY先生:3年生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。3年前、私も皆さんの入学と一緒に(2回目の)水俣二中に来ました。今年度は、よりみなさんの近くで過ごさせていただき、とても嬉しかったです。またぐんぐん成長していく姿に大きな可能性を感じさせていただいた1年間でした。
さて、サン・テグジュペリの星の王子さまの中に「本当に大切なものは目に見えないんだよ。」という言葉があり、私は小学生の時にこの言葉と出合いました。今、この歳になり、みなさんに伝えたい「目に見えない大切なもの」は「あ・愛、い・命、う・運、え・縁、お・恩」です。これからも自分や周りの方々の命や見えないものも大切に、しなやかにたくましく、感謝の思いで豊かに生きていってくれることを願っています。
副担任FT先生:どんな人にも生まれてきた理由があり、生きていく上で誰かや何かに必要とされているものです。これからの未知の人生は失敗の繰り返しだと思います。ただ、失敗には成長につながるヒントが必ずあります。失敗して諦めてしまえば失敗のまま、しかし、そこで得たものを次に生かしていけば、失敗は失敗ではなくなります。これまでの9年間はその失敗を成功に変えるための布石です。失敗を成功へと導くすべを得た今、あなたは将来を見据え、その土台にどんなものをどんな形で積み上げていきますか…。それがあなたのこれからの人生です。
これからの人生、理想からの“引き算”ではなく、現状からの“足し算”で常にポジティブな気持ちを前面に出しながら止まることなく歩み続けてください。皆さんの前途に期待します。
昨日は、二中の伝統を継承する良い卒業式でした。最後の学活も心に残りました。先生方のメッセージの2回目です。
大成1組担任OS先生:二中の先輩として、皆さんへメッセージです。これから自分で立ち、自分で選ぶ世界へ歩み始めます。道を進みだすことで、新たな世界、同じ夢を持つ仲間と出会います。楽しい日々です。
しかし迷い、不安で立ち止まってしまう壁もあります。その壁は乗り越えることで強くなります。ですがすべてを無理に越える必要はありません。大切なのは、自分を大切にすること。主役は自分。自分らしく、自分の歩幅で歩んでください。皆さんの未来がこれからも明るく輝けますように! アンパンマンは君さ。
大成2組担任MN先生:皆さんとは1年間でしたが、家庭科の授業や大成学級の祖担任として関わらせてもらいました。欲を言うと、もっと授業をしたかったですね。保育園実習や調理実習では意外な一面を見ることができました。授業以外でも、暑い中汗だくで畑を耕していたり、体育大会のパネルはもちろん美術作品のレベルの高さに驚かされたり、とても個性豊かな3年生でした。そんな3年生に出会えて感謝の気持ちでいっぱいです。これから皆さんには多くの出会いが待っています。その一つ一つの出会いを大切にしていってください。
第15回卒業証書授与式を終えました。二中生らしい服装、礼儀、返事、そして合唱。在校生に道を示す素晴らしい卒業式でした。3年生の先生方からのメッセージです。
1組担任FY先生:みなさんとは、2年前に一緒に水俣二中に来て、入学式に一緒に入場しましたね。その時の事を本当に最近のように思い出します。あれから約3年。卒業式も一緒に入場できるとは思っていませんでした。あなたたちと過ごした3年間は本当に濃厚でした。
水俣二中に入学して、初めてを一緒に共有し、共に成長してきたような気がします。3年生になり、大人になった皆さんと接していく中で、新たな一面や、良さにたくさん気づくことができました。
さて、いよいよ4月からは高校生ですね。これまで支えてくれた人に感謝することを忘れず、自分の目標に向かって進んでいってください。そして悩んだり、困ったりしたことがあったら、いつでも大人を頼ることを忘れないでください。応援しています。
2組担任HK先生:人に何かを与えられる人間になりたい、そう思って教員になり、皆さんに一つでも多くのものを残そうと今日まで頑張ってきました。しかし、思い返してみれば、逆に皆さんから多くのものを与えてもらった3年間でした。皆さんと過ごした時間は、私にとって一生の宝物です。本当にありがとうございました。
これから先、それぞれの道を歩んでいく中で、うまくいかないこともあるかもしれません。そんなときは、理想を思い描き、思い切って行動に移してみてください。行動に移してしまえば、世の中の大抵のことは何とかなりますよ。皆さんが、それぞれの道で輝けますように。
多くの皆様から卒業生に心温まるご祝詞をいただきました。ありがとうございます。ご祝詞は式場の後方に掲示しております。
7年後くらいに学校給食生活に戻る人がいてくれたら嬉しいです。昨日が3年生最後の給食、メニューは「牛乳・きなこ揚げパン・春雨タンタン麺・ツナサラダ・お祝いイチゴゼリー」でした。ちなみに、卒業生の中学校生活最初の給食のメニューは何だったでしょう?答えはHPブログ【いただきます!】050412で見ることができます。
確認ついでに過去の二中ブログ(「学校だより」のコーナーからが簡単です。)を読み返してみてください。今夜は仲間と過ごした3年間を家族で振り返り、明日の卒業式に臨みましょう。
今日の午前中は修了式と同窓会入会式、3年生練習、全体練習を行いました。入会式ではTくんが卒業生を代表して、同窓会会長の榮永德博様に誓いの言葉を述べました。
午後からは1・2年生で式場準備を行いました。3年生教室の後方には1・2組の学級目標が残っていました。達成できたかな。
昼12時に後期選抜が終わりました。Mくんが「終わりました~。」と報告にやってきました。社会科の出来には自信があるそうです。
明日は同窓会入会式、修了式、卒業式練習を行います。
クラスで「小さいころは何になりたかった?」と聞くと「アンパンマン」、「プリキュア」「仮面ライダー」などの答えが返ってきます。
小学生のころは?と聞くと「ケーキ屋さん」「消防士」「警察官」などなど多彩です。
では今は?一番多い答えは「まだわかりません。」です。
卒業式を前に、NBAのスーパースターであったマジックジョンソン氏がアフリカ系アメリカ人の子どもたちへ宛てた手紙の一部を紹介します。
~卒業式を夢へ向かっての努力を始める日にしてほしい。「君には無理だよ。」と言う人のことを、聞いてはいけない。もし、自分で何かを成し遂げたかったら…。できなかったとき、他人のせいにしないで、自分のせいにしなさい。
~中略~
君の夢が何であれ、その夢に向かってあがいていくんだ。なぜなら君は幸せになるために生まれてきたのだから。~
※入学式後の学級写真
今日は後期選抜1日目、国語・理科・英語の学力検査が行われました。県立高校の前期選抜や私立の推薦・専願などで進路が内定している3年生は今日明日の2日間、学校の隅々の掃除、卒業文集の製本に頑張ります。私も草刈りに励みます。
今日の3・4時間目は卒業式の練習を行いました。1組最初のIさんと2組最後のYさんは、他の卒業生とは証書授与の動きが異なります。緊張感を持って練習に臨んでいました。写真は唱歌の練習です。
明日から後期選抜です。帰宅して準備を済ませたら、国・数・英のポイントを振り返り、夕食・入浴・早寝・早起き・朝ごはん、体調万全で入試に臨みましょう。
38年間で経験した、受験生の「しまった!」例です。
①高校正門集合だったが、中学校の正門で待っていた。
②弟の制服を借りていったため、ポケットに入れていた受験票を忘れた。
③上履きを中学校に忘れ、自宅の動物の顔が付いたスリッパで受検した。
④時計を忘れて、検査の残り時間が分からなかった。
⑤会場に分度器を持ち込んで預かられた。
⑥「合格祈願」と書かれた金色の鉛筆を預かられた。
準備は念には念を。なお、時計とは言ってもスマートウォッチは持ち込み禁止です。
3年生は中学校生活最後の週に入りました。3日(火)が入試事前指導、4日(水)・5日(木)が入試、6日(金)が同窓会入会式・修了式、8日(日)が卒業式。昨年より入試後の登校が1日少なく、登校日は多い人で6日です。友達との関りを大切にして一日一日を過ごしましょう。
3年間を数字に直すと…。心臓が動いた回数は約1億1千万回、眠っていた時間は約1年間。保健室前の掲示「見えない3年間」が楽しく仕上がっています。話を聞いてもらった人も多いと思います。掲示作成者のO養護教諭が生徒や先生、周りの人を笑顔にした日数は在職2年間で730日でした。
※桜の枚数を数えてみてください。何かと関係があるそうです。
26日のこと。まずは氏名書きをお願いした湯浦中のY先生の書にしばし見とれて確認作業開始。卒業証書と卒業台帳を照らし合わせ、間違いやすい感じは「たつさき」「だいさき」、「さむらいにくち」「つちにくち」と声に出し、自動車学校のように指差し確認です。「〇〇くんの誕生日は私(M先生)とF先生と一緒ですね。」楽しい発見もあります。
時間を掛けて点検完了。証書番号、名前、誕生日に間違いなし。さすが魔法使いのY先生。ありがとうございました。
今日の午前中は熊本県立水俣高等学校の卒業証書授与式に参列してきました。先日、お父さんから教育学部への進路決定の連絡を頂いた、湯浦中校長時代の生徒にも会えました。別の高校出身の生徒も教育学部への進路が決定したという事で、湯浦中3年時の担任はとても喜んでいました。二中生の皆さん、ぜひ学校の先生になることを進路目標の一つにしてください。一緒に仕事をしましょう。
髙木校長先生からは式辞の中でスティーブ・ジョブズ氏(Appleの共同創業者の一人)のスタンフォード大学の卒業式でのスピーチから「先を読んで点と点をつなぐことはできない。後から振り返って点と点をつなぐことができる。点と点がいつかつながると信じることで、自分の心に従う自信が生まれ、大きな違いをもたらす。」という言葉が贈られました。前述の生徒も、中学3年時の担任との出会いが一つの点になったのではないかと思います。
卒業生の皆様のご活躍を二中職員一同、心よりお祈り申し上げます。
今年は修学旅行中で節分について触れていませんでした。今年度、水俣二中は給食センターの栄養士の先生の協力を仰ぎながら食育にも力を入れました。今更ですが食育の一環で鬼退治のアイテム、「魔を滅っする」豆に関する問題です。
問1:豆のしぼり汁を型に流し込んで(箱に納めて)作る食べ物は何でしょう?
問2:豆を発酵させて(腐らせて)作る食べ物は何でしょう。
このような聞き方をされると少し混乱します。豆腐が納豆で、納豆が豆腐?名前が入れ替わったのでは?などと考えてしまいます。
豆腐は中国から伝わった食べ物、腐は柔らかい食べ物と言うような意味で、豆を加工して柔らかくしたものが「豆腐」。納豆は日本でつくられた食べ物で、豆を納所に置いて発酵させてつくったものが「納豆」だそうです。
ちなみに、3月の給食の豆製品使用回数は「11/14」です。2月も今日で終わりです。今月も休みなく書けました。残り31日、ねばります。
今日は2年生のPTA学年行事「立志式」を行いました。「朝6時15分に二中を出発、今月オープンした某ハンバーガーチェーン店を横目に見ながらエコパークまで徒歩で移動。7時半から潮騒広場の恋路島を望むハート型のモニュメントがある護岸で式典、記念写真撮影。」の予定でしたが、昨日正午の時点で降水確率70%、インフルエンザ流行中でもあるため濡れながらの移動は困難と判断して式典を二中体育館に変更しました。予報が当たり今朝5時に起きた時にはもう雨が降っていました。
式典では大切にしたい言葉を書いた色紙を手に、一人一人がステージ上で決意表明を行いました。
その後はスクールバスで水俣病資料館へ移動して見学と語り部講話。充実した内容の立志式を終え、また一歩成長しました。
2年生が明日行う立志式は、もともとは奈良時代に男子が成人を示す儀式として行ったもので、氏神の社前で服や髪型を大人のものに改め、冠を付けてもらう「元服式」でした。元は頭(首)、服は着用することを表しており、この日を境に、髪型、衣服を大人のものに替えて、社会から一人前の大人として認められました。
こうした儀式は室町時代以降に民間にも普及しましたが、年齢には決まりがなく、5〜6歳から20歳程度までと幅広かったそうです。また江戸時代からは女子の場合も男子同様に元服と称し、18〜20歳位の年齢で、または結婚と同時に行なわれるようになりました。
当時は大人になると言うことは、戦に行くことができると言うことであり、忠臣蔵で有名な大石内蔵助の息子、大石主税(ちから)は12月に元服して仇討ちに加わり、
「あふ時は かたりつくすとおもへども 別れとなれば のこる言の葉」
毎日顔を合わせていた時には、十分に語り尽くしたと思っていたけれど、いざ別れてもう二度と会うことがないと思うと、まだまだ話したいことがたくさんあったのにと、とても心残りな気持ちになる。という、辞世の句(切腹する前に詠む俳句)を残して16歳で切腹しています。まさに、元服式は覚悟を決める式であったと言えます。
現代においても、法的には13歳までは刑事責任年齢に達していないため、刑罰(保護処分までです。)は受けませんが、14歳からは刑事処分(長期で15年の懲役刑もありえます。)が可能な年齢となり、社会的責任は一層重くなります。2年生の皆さん、いつまでも子供ではないということを自覚しなさいという式です。
2年生は大切にしたい言葉を色紙に書き入れ、立志式の準備を終えました。手本はタブレットに表示して何度も練習。今どきです。
放課後は火災からの避難訓練を行いました。水俣芦北広域行政事務組合消防本部の消防年報によると火災発生件数は令和5年・6年が23件(16日に1件)、今年もすでに1件が発生しています。帰宅したら、火災の原因となるものはないか確認して取り除くまでが避難訓練です。
今日の午後は学校運営協議会を開きました。今回は学力向上の取組説明、授業参観に加え、生徒会執行部との懇談の時間を設けました。3グループに分かれてサイコロトークで場を温めた後に、生徒会執行部からは次年度の二中をどのように高めていくか、協議会の皆様からはどのような協力ができるかなどについて意見を交換しました。生徒の「湯の児の海水浴場で本当のビーチバレーボール大会をしたい。」という提案に、鹿島学校運営協議会会長(水俣市VB協会会長)は「そら協力する!」と即答されました。
管理責任者 校長
運用担当者 情報教育担当者