亀城ヶ丘だより
【おはようございます】021214.1
2日目のスタートです。体調不良者もなくみんな元気いっぱいです。空は少し雨模様。今日は今年の漢字の発表日、清水寺で本物を見る予定です。ちなみに、旅館は東本願寺の向かい側でした。
【東大寺】021213.4
東大寺南大門の金剛力士像、大仏殿の廬舎那仏を見学しました。いつもは通り抜けることができる柱の穴はコロナ対策で塞いでありました。さて、子どもたちと写っているこのゆるキャラの名前は何でしょう。
【法隆寺】021213.3
「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」と正岡子規が詠んだ、聖徳太子縁の法隆寺に到着しました。子規が法隆寺に立ち寄った後に、茶店で一服して柿を食べると、ちょうど法隆寺の鐘が鳴り、その響きに秋を感じた。ということのようです。教科書でも有名な玉虫厨子も見学することができました。かなり空いていました。
【駅弁タイム】021213.2
新幹線の車内では読書をして過ごしました。その後、少し早いお昼ご飯。俵むすび弁当でした。具材は梅、おかか、昆布、シャケの4種類。おかずは写真を見てのとおりです。
【修学旅行団出発】021213.1
修学旅行団は6:30にヘルシーパークを出発しました。バスの中の出発式ではNくんが行動目標を確認しました。子どもたちはまだまだ眠気が残っているようです。旅行中HPは随時更新して修学旅行の様子をお伝えします。お楽しみに。
【去年の今日】021211
令和元年12月11日(水)、昨夜も妻のふとんに潜り込み、朝はカリカリを食べたらファンヒーターの上がベストポジション。今日も「ふわり」は相変わらずです。いつものように「おはぎ、ふわり行ってきます。」と声を掛け、出勤しました。昨日と同じが一番幸せです。クリスマスプレゼントは高級「カリカリ」です。
仕事を終え帰宅「おはぎ」も「ふわり」も帰宅するや否や「ご飯をくれにゃ。」とついて回ります。私はご飯をくれる人、撫でてくれる人というポジションのようです。
夜8時半頃、「ふわり」は外に出る息子がドアを開けようとした瞬間をねらって脱走しようとしますが、あえなく確保され家の中に連れ戻されました。今夜は妻も帰宅が遅くなる日、一人と2匹でしばらく過ごします。
息子が外出し10分も経たない頃、突然、「ふわり」が叫ぶような鳴き声をあげ苦しみ出しました。目がまん丸になり、口が開き。抱きかかえたまま動物病院に電話を掛けましたがつながらず、「ふわり」は1~2分の内に息を引き取りました。
何が起こったのか、頭の中が真っ白なまま、家族4人にメールを入れました。みんな冗談で、続けて変な格好で寝っ転がっている画像が送られてくるかと思ったそうです。
長男、妻が相次いで帰宅し、ぐったりとなった息をしない「ふわり」を抱きかかえて声を掛けました。自分が保護した猫です、次男は電話の先で泣きじゃくっていました。
しばらく経ち、汚したところをお湯で洗い、ドライヤーで乾かし、ブラッシングをし、3人で言葉を掛けながらお別れの準備をしました。暖かいところが好きな「ふわり」を寒いところに置くのは忍びなかったけれども、遺体が痛まないように保冷剤と一緒に安置しました。ふとんの「ふわり」のいつもの場所は空けておきました。思い出すと眠れませんでした。「ふわり」のいる暮らしが突然終わるとは、納得できませんでした。
12日(木)、いつもの風景がありません。冷たくなった「ふわり」を撫で、声を掛け仕事に出ました。仕事が終わってからすぐに、「ふわり」大好きなカリカリを買って帰宅しました。いつものよりもずっと高級なカリカリです。長男も仕事を終えすぐに帰宅し、義母と3人で埋葬しました。最後にもう一度ブラシングし、息子と2人で抱きかかえた後、土をかけました。あまりにも突然で、「ふわり」自身も今頃「ここはどこにゃ?」と不思議がっているかもしれません。たぶん、妖怪「ふわにゃん」となって近くにいるはずです。
家族のスマホはやんちゃな「ふわり」の画像で一杯です。たった5年半でしたが、楽しい時間をくれた「ふわり」には心から感謝しています。
11日は修学旅行の引率でしたが、数週間前に別な業務のため教頭先生と交代することとなりました。きっと「ふわり」が引き留めたのでしょう。「ふわり」が天国に行くときに、ひとりぼっちにさせなかったことが私たちの心の救いです。(H)
【みんなと一緒に地域を守る消防団】021210
ぼくの兄は、高校を卒業してから15年間消防団員です。
7月4日の令和二年七月豪雨の時、ぼくが眠っていたら、「早く起きないと家がつかる。」といって、僕たちを起こしにきました。兄の声で起きて1階へ行ってみたら雨が玄関の先まで来ていました。
「車を高い場所へ動かして、1階の荷物を2階へ運んで。」と、父が夜勤で居なかったけど、兄の的確な指示でぼく達を守ってくれました。
雨で家の近くで土砂崩れが起き、その近くのアパートの住人の人達に「土砂崩れがひどくなったら危ないから早いうちに避難して。」と兄の声。
夜が明けて雨がやんだら、近くの重機のリース屋からユンボを借りて、道にある土砂を片付けて地域の人が通れるようにしてくれました。
兄は、平日は普通に仕事をこなし、日曜日は、災害がひどかった地域へ行き、朝から夕方まで土砂が入った家を手作業で土砂をかき出したり。なぜ、手作業なんだろうと思っていたら、兄が「重機で一気にこわしたら簡単だけど、家の人の思い出の品物をこわさないように。」と教えてくれました。
重機に乗って土砂を片付けたり行方不明の人を探したり、毎週日曜日は消防団員としてボランティアへ出かけています。
母は「消防団員も生身の体なんだから。」と兄の体のことを心配していました。ぼくの通学路が土砂で通れなく、親に送迎をしてもらっていました。それを見た兄が役場に連絡をいれ、2、3日後には通れるようになりました。兄の家も床下浸水で被災しているのに自分の家のことは後回しにし、地域の人のために働く兄はとても頼もしかったです。
今回の災害を体験し、消防団員の仕事内容を知ることができました。自分のことより地域の人のために働いてくれた消防団員を尊敬し、心から感謝しています。
湯浦中学校1年U.Y.
【10分の1】021209
第20回全国中学生「防火防災に関する」作文コンクールで、1年生のUくんが全国から7点の佳作の内の一つに選ばれました。最優秀賞1名、優秀賞2名を合わせても全国入選は10点しかありません。快挙です。教室で表彰し、みんなで祝福しました。作文は明日のブログで紹介します。
【湯浦・田浦ブロック人権教育研修会】021208
今日は、湯浦中学校区・田浦中学校区の先生方に来校いただき、人権教育の研修会を行いました。公開授業は1年1組。「身の回りの課題に対して問題意識を持ち、差別をなくすために自分ができる具体的な行動を考えることができる。」をめあてに、学級活動の授業を行いました。一人一人が自分のこととして一所懸命に考え、一所懸命に自分の考えを述べる。1年1組のいつもの姿に、参観された先生方(特に湯浦小学校のK先生)はとても楽しそうな顔で帰られました。
研究会の中では「きらきらメッセージ」も流ました。再生回数がま増えるかもしれません。
【修学旅行事前テスト解答2】021206
1 法隆寺→東大寺大仏→金閣→銀閣→二条城
2 大政奉還 徳川家康と豊臣秀頼が会見を持ったのも二条城の二の丸御殿です。
3 鴬(うぐいす) 歩く者がいると音を発するため、夜間などに侵入者がいてもすぐに分かる警報装置だという説があります。
4 慈照寺(じしょうじ) 足利義政が建てました。鹿苑寺(ろくおんじ)の足利義満が建てた舎利殿(入滅した釈迦が荼毘に付された際の遺骨を納めた建物)は金閣です。
5 武蔵坊弁慶 源義経(牛若丸)の家来として有名ですね。錫杖(しゃくじょう)は小さい方が176cm・17㎏、大きい方が260cm・96㎏、鉄下駄が30cm・12㎏です。
6 〇〇くんは、清水の舞台から飛び降りたつもりで好きな女の子に告白をした。(湯浦中の、ある先生の解答例です。)記録によると、実際に飛び降りた人は元禄7年(1694年)から元治元年(1864年)の間に未遂を含み235人で、生存率は85.4%だそうです。
7 予想が書ければ〇、2年生の的中者には校長賞を授与します。ここ5年の漢字は「令」、「災」、「北」、「金」、「安」です。
8 ロンギヌスの槍
9 コービー・ブライアント オールスターゲームでのMVPは4回、NBAのロサンゼルス・レイカーズ一筋で活躍したシューティングガードです。
10 古都京都の景観を守るため、京都府景観条例で色や高さが制限されているから。二条城は消火器の色も赤ではありませんでした。
熊本県教育情報システム
登録機関
管理責任者 校長 漆島未央
運用担当者 教諭 伊高久美子
☆時間割と下校時刻、月行事についてはこちらでご確認ください。
R7 40週.pdf(2/16~2/20)
☆令和7年度の行事予定
2/19 授業参観・懇談会・総会(全学年)・立志式(2年生)
2/25・26・27 1・2年生第4回定期テスト
3/4・5 公立高校後期選抜
3/6 3年生修了式
3/8 卒業証書授与式
3/9 振替休業日
3/24 1・2年生修了式(給食なし)
☆R7年度年間行事予定(4/21の時点での計画ですので、変更する場合があります)
防災教育研究についてのデータは以下のフォルダにあります。
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研究会で未回答となっていたアンケートの回答は以下にあります。
<防災教育関係リンク>
総合防災マップ(ハザードマップ作成に使用)