湯浦中ブログ

2022年3月の記事一覧

【立志式3/3】040319

 

 アウトドア用品の総合メーカー、株式会社モンベルの代表取締役会長 辰野勇さんは皆さんより少し上の16歳の時に、1938年にアイガー北壁(最後は1800mの垂直の岩盤が待っている、芦北の大関山は標高900m)に初登頂したハインリッヒ・ハラーの体験記『白い蜘蛛』を国語の教科書で読み、感動して、

・10年後の26歳でアイガー北壁に登ること

・28歳で山にかかわるビジネスを始めること 

という目標を立てました。まさに志を立てた瞬間です。

そして、何を始めたと思いますか。

筋トレ、ランニング、登山の訓練に取り組むと言うのが普通の発想だと思いますが、辰野さんは「アイガー北壁」と書いた貯金箱を作りました。夢に終わらせない、具体的な取組を始めたのです。

辰野さんは予定よりも早い5年後に、最年少記録の21歳でアイガー北壁登攀に成功しました。登山中はあまりの過酷さに、二度と山には登らないと思ったそうですが、山頂からマッターホルンが見えた瞬間に、次はあの山だと決意したそうです。

 

今日を決意の日、具体的な目標、期限を決め動き出す日にしましょう。熊本県で一番の学級を目指している2年生の皆さんの挑戦に期待し、応援しています。

【立志式2/3】040318

 

 西郷隆盛が尊敬した幕末の志士『橋本左内』は、皆さんと同じ年齢の頃、『啓発録』という書物に、「自分は何をしてもおろそかで、注意が行き届かず、弱々しくてぬるい性格であるため、いくら勉強しても進歩がない。これではとても父母の思いに応え、藩や主君のお役に立ち、祖先の名を輝かすような人間になれるはずもない。一体自分はどうしてこんなに駄目なんだろう。そう思うと情けなくてたまらず、毎晩涙で布団を濡らした・・・」

自分には覚悟があるか。そして

〇稚心を去る(幼稚かこつは言わん)

〇気を振う(負けん気をもつ、気合を入れる)

〇志を立てる(将来こぎゃんなろごたるていう目標をもつ)

〇学問に勉める(たいぎゃな勉強する)

〇交友を択ぶ(自分を成長させる友達を選ぶ、ライバルをもつ)ことが大切だということを記しています。

(明日につづく)

【立志式1/3】040317

  立志式は、もともとは奈良時代に男子が成人を示す儀式として行ったもので、氏神の社前で服や髪型を大人のものに改め、冠を付けてもらう「元服式」でした。元は頭(首)、服は着用するを表しており、この日を境に、髪型、衣服を大人のものに替えて、社会から一人前の大人として認められました。

こうした儀式は室町時代以降に民間にも普及しましたが、元服年齢には決まりがなく、5〜6歳から20歳程度までと幅広かったそうです。また江戸時代からは女子の場合も男子同様に元服と称し、18〜20歳位の年齢で、または結婚と同時に行なわれるようになりました。
   当時は大人になると言うことは、戦に行くことができると言うことであり、忠臣蔵で有名な大石内蔵助の息子、主税は12月に元服し、メンバーに加わり、16歳で大人に混じって切腹しています。まさに、元服式は覚悟を決める式であったと言えます。

「あふ時は かたりつくすとおもへども 別れとなれば のこる言の葉」

毎日顔を合わせていた時には、十分に語り尽くしたと思っていたけれど、いざ別れてもう二度と会うことがないと思うと、まだまだ話したいことがたくさんあったのにと、とても心残りな気持ちになる。という、辞世の句(切腹する前に詠む俳句)を残して切腹しています。
 現代においても、法的には13歳までは刑事責任年齢に達していないため、刑罰(保護処分までです。)は受けませんが、14歳からは刑事処分(長期で15年の懲役刑もありえます。)が可能な年齢となり、社会的責任は一層重くなります。

(明日につづく)

【卒業おめでとうございます】040313

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本日、湯浦中の28名の生徒が巣立ちました。卒業おめでとうございます。

 振り返れば、感染症拡大防止のために三年間で二度の休校。会話が楽しい給食は一方向を向いての黙食、リモートによる全校集会や部活動の中止など、三密を避け、学校生活は大きく制限されました。

 修学旅行に全員で行けることが決定したのも、出発前日の午後三時でした。

  そのような日々でしたが、皆さんは『自立心にあふれ、夢を実現する生徒』になるという学校教育目標の具現化に向けて、『現状打破』の生徒会スローガンのもと、湯浦中の伝統と校風をより輝かせてくれました。

 幼稚園へ自作の遊具を、校区の介護施設へフラワーアレンジメントを贈り喜ばれたことがありました。入所者の方が嬉しくて涙を流されたという話を聞いて、涙した人もいました。感受性の高い三年生でした。

 例年、部活を引退しているからという言い訳が多いロードレース大会も、今年は男女ともに上位は三年生が占めました。  

 合唱コンクールでも圧倒的な歌声を披露し、最優秀賞に輝きました。

 生徒会活動にも創意工夫がありました。

 開発途上国へワクチンを寄贈するために、地域の事業所に協力を依頼したり、手拭い祭りでブースを設置したりするなど、地域を巻き込んだエコキャップ活動に取り組みました。

 授業中の先生への質問をしやすくするためにヘルプカードを作成した生徒会役員がいました。

 どれも個々の選挙公約が出発点、実行力のある生徒会執行部でした。

  一人一人に目を向けると

 二年生の頃から毎朝、長距離の自主練習の後に花の水遣りを続けた人がいました。

 掃除の時間、校長室のソファーを一人で抱えて移動させ床を拭き上げる人がいました。

 ある人は、入試が終わった後は、祖父のミカン山の手伝いを続けていると聞きました。

  「何もできない」と嘆くのではなく、「何ができるか」を考え、最上級生として「何かを成し遂げよう」とする集団でした。

 後輩を自らの行動で導いてきた、エネルギッシュで最高な三年生の皆さんに称賛の拍手を送ります。