校長ブログ

新米校長の独り言

焼きたての衝撃!

50数年間生きてきたうちの、半分以上の時間をとともに過ごし、私の身体をつくってくれた学校給食。しばらく学校現場を離れていたこともあり、3年ぶりの再開を果たした学校給食。

4月からは校長という立場で、「検食」という名のちょっと特別なランチタイムの中、ゆっくりと味わいながら(もちろん検食のためです・・・)毎日おいしくいただいています。

そして、昨日(4月24日)は金曜日ということで、パン食の日。先週の金曜日は、出張のため検食を教頭先生に代わっていただき、その結果、あの「手作りイチゴジャム」を食べ逃してしまうという悲劇に襲われたことを思い出しつつ、いつものように校長室に運ばれた給食を見ると、何やら見慣れないまるい物体が・・・。給食の先生から「焼きたてパンです」と説明は受けたものの、「焼きたて?」というのが最初の感想でした。

これまで、6000食以上の給食を食べてきた私の記憶の中で、「揚げたて」の揚げパンや、「出来たて」の調理パン(ピザパンやシュガーパン)は食べたことはありますが(それはそれでおいしく、感動したものですが・・・)、文字通り「焼きたて」のパンを給食で食べるのは初めてでした。

結論を述べます。「やっぱり焼きたてのパンはおいしい!」気がつくと、おかずの検食もそっちのけで、パンが半分なくなっていました(その後は、ちゃんと検食しました・・・)。

衝撃の焼きたてパンは、「給食日記」に詳細が掲載されていますので、是非、そちらもご覧ください。

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教師冥利

 本日(4月23日)、授業参観・PTA総会・学年(学級)懇談会を開催したところ、150名以上(6割強)の保護者の皆様にお集まりいただき、誠にありがとうございました。保護者の皆様の、本校教育への期待の大きさを直に感じることができ、改めて身の引き締まる思いでした。

 さて、PTA総会の挨拶の中でも話させていただきましたが、今日、私にとって嬉しい出来事がありました。それは、かつての教え子と(それも二人も)、本校生徒の保護者として再会できたことです。実は、入学式に時にも別の教え子と再会することができましたので、少なくとも三人の教え子が、今は保護者として本校を支えてくれているのだと思うと、嬉しくもあり、頼もしくもあります。(三人の教え子(保護者)にとっては、担任(教諭)時代の私を知っているだけに、不安でもあり、心配でもあるかもしれませんが・・・)

 どんな仕事でも同じかもしれませんが、やはり「人との縁」は宝物です。かつての教え子、かつての保護者、そして、今、出会っている子供たちや保護者、地域の方々との縁に感謝しながら、より良い南中づくりに励みたい!と決意を新たにした一日となりました。

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あいさつ、十人十色

朝から、数名の先生と生徒昇降口に立ってあいさつをしていますが、当たり前のことですが、子供たちの表情やかえってくるあいさつは一人ひとり違っています。

ここ数日間の(ものすごく主観的な)統計を取ってみると、「おはようございます」と声が返ってくる生徒が6割、会釈が2割、目で合図が1割、雰囲気で感じ取ってくださいが1割といったところでしょうか。もう少し私自身の認知度を上げて、言葉のキャッチボールができる生徒を増やしていきたいと考えている今日この頃です。

さて、そんな日常を過ごしている私ですが、今朝(4月22日)、とても印象に残る(気持ちのよい)挨拶を返してもらったので、この場を借りて紹介しておきます。

その男子生徒(3年生)は、昇降口で上履きに履き替え、階段に向かってわたしたちの方に歩いてくると、一旦立ち止まって「おはようございます」と一礼し、階段を上っていきました。また、その動作がとても自然なものでしたので、そのような挨拶のスタイルがしっかりと身についているのだろうと感じました。

あいさつはコミュニケーションの第一歩だと思います。まずは、「おはようございます」の声があふれる昇降口になることを目標に、明日もあいさつに立ちたいと思います。

 

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備えあれば憂い無し

昨日(4月20日)の午後4時52分頃、三陸沖を震源とするマグニチュード7.7の地震(北海道三陸沖地震)が発生しました。青森県で最大震度5強、沿岸部では津波警報も発令され、北海道や東北地方の合わせて5道県で、最大7045人もの人が非難されたそうです。また、今朝も報道等で「後発地震」への警戒が呼びかけられていました。

ちょうど数日前に「熊本地震から10年」という内容で「独り言」をつづった私としては、自然災害は、「いつ・どこで・どのように」起ってもおかしくないと改めて感じずにはいられませんでした。

実際に、新年度が始まってすぐの4月10日には、結果的には通常登校ではありましたが、前日からの雨と落雷により、朝からの登校をどうするかについて村内の校長間で協議が持たれましたが、協議のための十分な準備ができておらず、結果的に「学校安全・安心メール」の発出がぎりぎりとなってしまったという経験をしたところです。

地震もさることながら、数ヶ月後には梅雨による長雨もあります。また、局地的な大雨や落雷は、いつ起るのか予想もできません。だからこそ、日頃からの備えはやはり大切にしたいですね。

 

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ようやく一息・・・

本校へ赴任して、早いもので20日経ちました。「あっ」という間を、あらためて実感した3週間でした。

先週は、ほぼ毎日何らかの出張が入っていて、学校で一日過ごすということがなかったように思います。先週金曜日(4月17日)には、生徒会主催の歓迎行事も行われ、私を含む新転任者をネタにしたクイズも作られていたようでなので、とても楽しみにしていただけに残念です・・・(給食のイチゴジャムも・・・)

さて、今日はようやく学校で一日過ごすことができました。

家庭訪問は明日まで続きますが(引き続き、お世話になります)、学校行事もありませんでした(ということは、これといったネタもありません)ので、私の今朝の不思議(おもしろ?)体験をつぶやかせてもらいます。

今朝、学校へ向かう途中に、散歩中の「イヌ」に出会いました。まぁ、それくらいはよくあることですね。そして、しばらく進んでいくと、今度は「キジ」に出会いました。これはちょっとレアですね。そして、さらに進んでいくと「サル」に・・・は、残念ながら出会えませんでした。

今度出会ったときのために、車の中に「きびだんご」を偲ばせておこうかなと、ふと思った今朝の出来事でした。

(ドラレコの映像より)

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もう10年、まだ10年

今日(4月16日)は、あの「平成28年(2016年)熊本地震」の本震の発生から、ちょうど10年の節目の日となりました。本校の校区でも、阿蘇大橋の崩落を始めとする甚大な被害が各所で発生しました。

当時、村内の3中学校が統廃合し、南阿蘇中学校として新たにスタートをきったばかりの本校も、被災直後から避難所の1つとなり、一時は最大で1300人もの方々が避難されていたとのことでした。

その頃の私は、阿蘇市内にある中学校に勤務していましたが、熊本市内の自宅から勤務先へ向かうための道路(国道57号線)が寸断されたため、毎日二重の峠を越えて通勤していました。それから4年後の10月、私は高森町の中学校に転勤していましたが、北側復旧ルート(二重峠トンネル)と国道57号線が同時に開通し、さらにその5ヶ月の翌年3月には新阿蘇大橋が開通して、一歩ずつ、でも、着実に地震からの復興を感じていました。

さて、あれからもう10年も経ったのかと思う一方で、まだ10年しか経っていないのだという現実と出会うことになります。赴任して初めて知ったのですが、本校では、昨年まで熊本地震(本震)で被害に遭われた方を悼んで行われる「黙祷」を全校一斉には行っていなかったそうです。それは、こうした行動がきっかけとなり、当時の記憶がフラッシュバックしてしまう生徒が少なからずいたからだそうです。同じ阿蘇地域の学校に赴任していながら、そうした子供たちの存在に気づけなかったことを反省しています。

ところで、本年度は、熊本地震から10年という節目であったこともあり、そうした子供たちへの配慮を行った上で、また、少しでも心身の負担が軽減されるように、着座による黙祷を村の防災無線に合わせて実施しました。

「まだ10年」という気持ちも忘れずに、11年目を迎える南阿蘇中学校の新たな歴史を創っていきたいと改めて考えることのできた一日となりました。

 

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授業開き

村学調も終わり、いよいよ時間割に教科の授業が入ってきました。大抵、どの中学校でも、新年度が始まっての最初の授業では「授業開き」が行われています。

ご存じの通り、中学校では教科ごとに担当の先生が変わります。大きな授業の流れについては全ての教科でそろえていますが(そのことについては、別の機会にお話しします)、教科の特性や先生の個性によって、当然異なってくる部分もあります。そうした細かな授業のルールなどを確認し、生徒と先生が一緒に授業を作っていくために行っているのが「授業開き」なのです。

今日(4月15日)も廊下を巡視(さんぽ)しながら教室を眺めていると、各クラスでは各々に趣向を凝らした「授業開きが行われていました。「授業開き」にはその先生の色が顕著にあらわれるものなので、端で見ていてもとても楽しいものです。

そういえば、私も「授業開き」の度に鉄板ネタを披露して、教室を凍らせていたなぁ・・・と少し懐かしく感じた、そんな時間を過ごしました。

・・・あれ、教室を凍らせるほどの鉄板ネタの紹介はしないの?と思っていただいた方、ありがとうございます。そのうち、(ネタに困ったら?)必ず登場してきますので、これからも、この「独り言」にお付き合いくださいね。

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テスト回顧録(其の一)

昨日(4月13日)から本日(14日)にかけて、南阿蘇村学力調査(通称:村学調)が実施されました。

静まりかえった校舎の廊下を歩きながら、ふと教室をのぞき込むと、淡々とペンを走らせる生徒や、両手で頭をホールドして気力を高めている生徒、少し遠くを見つめ長考(瞑想)している生徒など、いろいろな子供の姿を見ることができましたが、どの子供たちも、真剣にテストに取り組んでいることが伝わってきました。

ところで、そんな子供たちの姿を見ていると、テストにまつわる思い出話がいくつも浮かんできました。本校では、定期テスト、実力テスト、○○学調など、年間でかなりのテストがありますので、その都度、思い出話を綴っていくことにしました。そして、記念すべき(?)第一回として、私が教頭時代に出会ったある先生の思い出を綴ります。

テスト中に校内を見回っていた時でした。その先生は、テスト監督として教卓に座っていましたが、顔を上げては机上で紙のようなものにメモをとり、また顔を上げてはメモをするといった行動をくり返していました。そのときは、授業のアイデアでもまとめているのかなと通り過ぎていったのですが、その日の昼休みに、あの不思議な行動の謎が解けました。「教頭先生、チェックをお願いします」と持ってきた学級通信を読んだときには、そのおもしろさにおなかをかかえて笑ったのと同時に、「この先生はすごい」と感心しました。小さな文字でびっしりと書かれたその通信には、テスト時間中の子供たちの様子が、おもしろおかしく実況中継されていました。もちろん、クラスの子供全員がその中には登場し、それぞれ輝く瞬間が、ユーモアを込めて切り取られていました。この先生は、本当に一人一人の子供をしっかりと見ているんだなぁと感動したの今でも覚えています。

さて、今回の村学調の結果ですが、子供たちにとっては自分自身に身についた学力を確認するためのものです。しかし、私たち教職員にとっては、「私たちが、一人一人の子供たちにどれだけの力を身に付けさせる事ができたのか」をはかるものさしなのです。ですので、テストが終わった今、一番ドキドキしているのは、私たちなのかもしれません。全ての南中生が、自身の夢を叶えるために必要な力を身に付けることができるよう、私たちも授業力向上に努めていかなければならないと、改めて考えることのできたこの2日間でした。

 

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素晴らしいスローガンに感謝!

先週の金曜日(4月10日)に行われた生徒会オリエンテーションで、本年度の生徒会スローガンが発表されました。

本校ホームページのトップページにもアップしましたが、「桜梅桃李(おうばいとうり) ~個性を集めて花束に~」です。

桜梅桃李には、「桜(さくら)、梅(うめ)、桃(もも)、李(すもも)がそれぞれ独自の花を咲かせるように、人もまた、自分らしさや個性を大切にし、それぞれの特性を活かして生きるべきである」という意味があるそうで、この言葉(と意味)を聞いたときに、とっさに『世界に一つだけの花』の「もともと特別なオンリーワン」という歌詞が思い浮んだのは私だけでしょうか・・・?

ところで、私がこのスローガン(を考えた生徒会役員の子どもたち)を素晴らしいと感じたのは、その先の部分です。「個性が違って当たり前、その違いを否定するのではなく、認め合い、支え合うことが大切」だと考え、「みんなの夢や個性が集まって、南中という素敵な花束を作っていきたい」という思いから、「個性を集めて花束に」と言葉を添えてくれました。これは、それぞれの夢を叶えるために、一緒に(ともに)夢中になってほしいという私の願いでもあります。こんな素敵な言葉を紡いでくれた子どもたちに、ただただ感謝です。

さて、ここからは蛇足の時間です・・・

ちなみに、桜、梅、桃、李は、実はすべて同じバラ科(サクラ属)の植物です。つまり、もともと同じ仲間の植物が、それぞれの個性を生かして、別々の魅力を持つ花を咲かせている(そして、それぞれにおいしい実を結んでいる)とも言えます。それぞれに夢を持ち、ともにそれぞれの夢を叶える、そんな学校にしましょう。

バラ科だけにバラバラになるのではなく、みんなで大きな花束をつくりましょうね。

 ※桜の時期は終わってしまいましたので、我が家の庭に咲いていた「芝桜(しばざくら)」を添えてみました・・・

 

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教科書のはなし

本日(4月10日)、全ての学年の子供たちに教科書が配付されました。

本校では、年度初めに教科書を配付するにあたり、全てのクラスで「なぜ、教科書は無償(ただ)なのか」についての授業を行います。そう言えば、自分も中学生の時、そんな話を聞いたなぁ・・・と思い出された保護者の方もいらっしゃるかもしれませんね。

ご存じの通り、教科書は最初から無償で配付されていたわけではありません。今から約65年前、教科書は各家庭でそろえるものでした。古い教科書を譲ってもらったり、使えないものや無いものを買いそろえたりと、多くの人々が苦労していたそうです。

こうした中、「全ての子供たちの学びを保障したい」という保護者や地域の思いや願いから、「教科書を無償にする運動」が立ち上がり、全国的に広がって、ついには国を動かし、法律(義務教育諸学校の教科用図書の無償に関する法律)が制定されました。そして、現在のように、中学3年生までは、教科書は無償で配付されています。

だからこそ、教科書を大切に使って、来週からの授業に励んでほしいと願っています。 

 

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