朝の郵便受け
今日は「ちょっといい話」をご紹介してみます。
少し前になりますが、
朝日新聞で見つけたお話です。
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朝の郵便受け、お巡りさんから届くカード 77歳の宝物
(朝日新聞2020年10月10日)
前夜の大雨のなごりか、暗い空から雨粒がぱらぱらと落ちてきていた。
朝6時過ぎ。松井峯子さん(77)は古い一軒家の引き戸を開けて門まで歩き、郵便受けをのぞきこんだ。
朝刊の下に、いつものように紙が1枚あった。
にじんだボールペンの字で「どしゃ降りですわ」と書かれていた。
警察官が巡回したことを知らせるパトロールカード。
そうね、昨晩は雨音がひどかった。それでも来てくれたのね。
少し湿った紙を見つめ、笑みがこぼれた。
名古屋市中川区の松井さん宅にカードが届き始めたのは昨年12月。
朝起きると、勝手口の窓ガラスの鍵穴あたりが割られていた。
15年近い一人暮らしで初めての経験だった。
警察に届けると、細身の警察官がやってきた。
岡井陽一巡査長(46)は「今夜から巡回しますね」と笑顔で話した。
翌朝、郵便受けにカードが入っていた。
2、3回で終わるかと思ったが、年が明けても3日に1回のペースで続いた。
カードが届くのはいつも未明らしく、その様子を松井さんは見たことがない。
でも紙には丸っこい字で、いつも一言添えてある。
正月は「あけましておめでとうございます」。雪が降った日は「寒かったですね~」。
半日、テーブルの上に置いておく。
食事や片付けのとき、目に入ると口角が上がった。
2人の娘が結婚して家を出てから、一日中誰とも話さないことも珍しくない。
いつの間にか、カードの日が待ち遠しくなっていた。
それは6月1日のことだった。
カードに「ちなみに本日誕生日です」とあった。
お礼を兼ねてお祝いをしよう。
交番にチョコレートとおせんべいを持って行ったが、岡井さんはいなかった。
書き置きを残すことにした。
「お誕生日おめでとうございます。私も今月77歳になります」
数日後、封筒がポストに届いていた。
開けると、金色でハッピーバースデーと書かれたカード。
いつもの字で添えられていた。
「誕生日と喜寿、おめでとうございます。元気でよろしくお願いしますよ!」
体が一瞬、固まった後、急にぽかぽかしだした。
ここ数年、誕生日を祝ってくれるのは近くに住むめいだけだ。
他人に祝われるなんて、何年ぶりだろう。カードをまとめてある箱の上に飾った。
遊びに来ためいには自慢した。
「これはね、私の宝物なの」
ためたパトロールカードはそろそろ100枚になる。
あふれそうだから、新しい箱を探さなくちゃ。(山本知佳)
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私も一人暮らしなので、自粛生活の時や休日など、誰とも会話を交わさないことがあります。
LINEやInstagramなど、SNSでのコミュニケーションが多くなってきましたが、
それだけに、朝の郵便受けと手書きのカードを介した、心の交流を読んで、
温かい気持ちになりました。