1999年度田浦中卒業生の皆さんが同窓会を開かれました。
還暦同窓会のご案内
昭和50年度田浦中学校卒業生の皆様へ、令和2年5月3日(日)に還暦祝いの同窓会を開きます。
詳しくはこのファイルをお開きください。
対象者は誕生日が昭和35年4月2日から昭和36年4月1日生まれの皆さんです。ご親戚やご友人に対象の方がいらっしゃったら、ぜひお伝えください。
『今は昔』 平成29年12月PTA新聞
田浦中に赴任して3年が過ぎようとしています。自分自身の中学校生活と同じ期間を過ごしていますが、今の方がずっと短く感じます。生まれてから今までを分母とすると、中学3年生は15分の1、私は52分の1。つまり、相対的に1年、1日が短くなっているからだそうです。
同窓生と言うこともあり、地域やPTAの懇親会の席では先輩・後輩との思い出話に花が咲きます。学校沿革史をもとに私が入学した昭和53年頃に戻ってみます。(ちなみに寺本豪PTA会長は2歳前でした。)
中学校は校則で丸刈りでした。中学入学直前に刈ると恥ずかしいということで、田浦小生はだいたい小5の夏休みには丸刈りにしていました。
私は宮ノ後に仲の良い友達がいたので、主な遊び場は阿蘇神社でした。秋の例大祭の時には桟敷が造られ、参道には出店がたくさん並んでいました。まわしを締めて相撲に参加し、随分喜ばれたことを思い出します。
横居木の友達の家には山越えで歩いて遊びに行っていました。土曜の授業の後は、バスを待たずに歩いて帰る友達も多くいました。また、最寄り駅は肥後田浦駅しか無かったので、海浦、上田浦の友達は片道1.6㎞の徒歩通学でした。自転車通学も肥後田浦駅より遠いことが基準でした。
新入生は134名の4クラス、担任は太田篤洋先生でした。私が入ったバレー部は、プール横のコートで練習。体育館(武道場)で練習ができるのは年に数回。3年時の中体連はできたばかりの佐敷中体育館が会場でしたが、外との感覚の違いに戸惑いました。
県中体連大会ではソフト部が優勝、柔道部が準優勝。郡陸上総合優勝、郡駅伝優勝。運動競技がとても強い学校でした。当時は芦北郡6中学校の全生徒が旧佐敷中(現スカイドーム下のグラウンド)に集まってのバレーボールクラスマッチも開かれていました。
保健室はたのうら教室の位置に、生徒玄関横の階段下には購買部がありました。体育館には田浦町役場が、武道場駐車場には森林組合が、百原商店横には農協が建っていました。1年生の頃はプール横の給食センターが建設中だったため、毎日弁当でした。技術室は部室棟の隅から、中2の3月に今の場所へ新築されました。男子は技術、女子は家庭科と授業は別、体育も男女別でしたので、とても鍛えられていました。岩坂俊一校長先生寄贈の「継続は力なり」の石碑もこの頃建ちました。
3年の社会は競衛先生。特徴的な黒板の文字をみんなで真似していました。学校評議員さんとの懇親会の席で、先生方のニックネームも随分前の先輩方から代々受け継がれていたことを知り驚きでした。
校歌は「ああ若き日の純潔の」と「友愛の」、「ここに育つ」と「学ぶ」のところでみんなモゴモゴしていました。これは今も同じのようです。あっ、勉強の話がない! では、続きはまたの機会に。(畑口益喜)
『田浦中学校創立70周年記念文化祭』 平成28年12月PTA新聞
平成28年11月13日に創立70周年記念文化祭が開催されました。昨年度から田多良会長を始めとする同窓会役員の皆様と何度も会合を重ね、今回の式典を行うことができました。
当日は、竹﨑町長のご祝辞を本校同窓生でもある竹浦教育長に代読いただきました。教育長自身が「中学生の頃、東京オリンピックの聖火ランナーとして赤松峠を走ったことがある。」というお話には驚かされました。
また、講演と稲富流砲術演武で式典に花を添えていただきました平江隊長と葦北鉄砲隊の皆様には、「いざ、田浦」とばかりに、朝から大分を出発し、駆けつけていただきました。心より感謝申し上げます。
文化祭の最初、田浦の歴史を振り返るオープニングでは、昭和57年の田浦水害の画像が流れました。当時、私は高校1年生でしたが、翌朝、高校が用意したバスで水俣から7時間かけて帰ってきたこと、東海カーボン付近の海に、甘夏ミカンの木がたくさん浮かんでいたことを思い出しました。災害の教訓を繋ぐことの大切さを感じました。
1年生は、現地に出向き田浦のいろいろな良さを調べ上げ、劇にして発表しました。本格的な俵踊りには驚きました。たった2週間の取組とは思えない出来栄えでした。郷土に誇りが持てる発表でした。
2年生は、働くこととは何かをテーマにした劇に、会場が沸き上がっていました。同世代のミカン農家は皆そうだったと思いますが、部活がない日は手伝いをするのが当たり前、職業体験が家庭でできた時代でした。家族との関わりや生き方について考えるきっかけになったかと思います。
3年生は、人生をテーマにした劇で、一人一人の隠された個性を見事に表に出していました。最後に水戸黄門の曲が流れましたが、一歩一歩、自分の道を踏みしめて歩いて行くことの大切さを伝えてくれました。
そして、今回特別に展示した過去の卒業アルバム。今の皆さんにそっくりな顔をたくさん見つけることができました。
その中には、アルバムに文集がついているものも多くありました。昭和55年度卒業生の文集に「教育は学校卒業をもって終わるものではなく、生きている間続くべきものである。自分自身を統制して、新しい第一歩を踏み出そうと思う。」という文を見つけました。堅いことを書いているなと思いますが、進路に迷ったまま卒業した私自身の言葉です。昔の自分に会うことができるなら、「目的地に向かう道は何本もある。迷わず歩きなさい。」という言葉を掛けたいと思います。
今年の文化祭は「想 伝えよう未来へ、心を一つに今」をテーマに過去と現在と未来を繋ぐ、創立70周年にふさわしい盛大な文化祭でした。
30年後、創立100周年記念文化祭でお会いしましょう。43歳になった1年生の皆さんの俵踊りを楽しみにしています。(畑口益喜)
『足跡を残そう』 平成27年12月PTA新聞
私事で恐縮ですが、縁あって卒業以来35年振りに田浦中学校に通うことになり、着任前に校舎の内外を懐かしく見て回りました。
ソフトボール部の「栄光」の記念碑(小5)。「継続は力なり」の碑(中2)。「誠実・自主・躍進」の校訓碑(中2)。柔道場に掲げられた先輩や同級生の名前。私たちの学年が植えた、バックネット裏の立志式の記念樹(中2)は、出張等で来校するたびに成長を眺めてきましたが、随分大きく育ちました。武道場のステージはこんなに狭かったのかという印象です。
1年生の頃、給食センターはまだ建設中で弁当の日が続きました。2年生の頃には技術室が完成して、隙間風の入る旧技術室から引っ越し、とてもうれしかったことを覚えています。3年間、汗を流したバレーコートは今はありません。
教室を回ると、窓枠等に知った名前が刻まれています。「自分の子どもに見られることになるとは考えてもいなかっただろうな」と、懐かしみながら探して回るのもまた楽しみです。恥ずかしいことに私の名字も見つけましたが、書いたのはたぶん弟です・・・・。
田浦中の歴史を整理するなかで、数々の実績を残している後輩たちの頑張りに目がとまります。「自分たちの頃はもっと・・・」という「思い出補正」を掛けがちですが、後輩の頑張りはその上をいくものでした。創立から69年間に渡り培ってきた「田浦中生としてのプライド」が脈々と受け継がれていることを嬉しく思いました。
また、中学生の頃は成果は自分たちの頑張りとしか考えていませんでしたが、地域・保護者の皆様、先輩の先生方の尽力あってこそということがよくわかるようになりました。
野球マンガ『キャプテン』の中で、「先輩を超える後輩を育てて初めて、先輩としての価値がある。」といったような台詞があります。中体連大会や文化祭で自ら頑張る姿を見せてくれた3年生が、今後、1・2年生をどう育てていくのか楽しみです。また、生徒会や部活動の中心となっていく2年生、中堅として学校を支える1年生が、どのように先輩を超えていくのか楽しみです。
田浦中PTAの歌「道」には、「いつも通い慣れたこの道に自分の足跡残してきたんだ。」「明日も歩いて行くこの道に輝く未来を夢見てきたんだ。」と歌われています。残り3か月、それぞれがしっかり足跡を残し、夢の実現への一歩を踏み出してほしいと思います。田浦中生はそれができる子どもたちです。
地域の皆様、保護者の皆様、これからも年の離れた後輩達をしっかり支えていただきますようお願いいたします。(畑口益喜)
同窓生の皆様には、日頃より田浦中学校と後輩たちへ多大なる励まし、ご支援をいただきありがとうございます。
各学年で同窓会や還暦、古希等のお祝いをされる機会がありましたら、ぜひ中学校へもご一報ください。校歌の歌詞や伴奏CD等の提供ができます。
また、集合写真等を撮影されましたら、参加者に了解を得たうえで学校に提供いただきますと、本ホームページ「同窓会アルバム」に掲載いたします。ご都合で会に参加できなかった同級生の皆さんへ様子をお知らせする機会になるかと思います。
なお、画像の転載は厳にお慎みください。
芦北町立田浦中学校同窓会会則
第1条(名称)
本会は、「田浦中学校同窓会」と称する
第2条(目的)
本会は、会員相互の親睦と母校の発展に寄与することを目的とする。
第3条(会員)
会員は、田浦中学校卒業生をもって正会員とし、現旧教職員をもって特別会員とする。
第4条(役員)
1.本会に 会長1名、副会長2名、書記1名、会計1名、幹事若干名をおく。
尚、現職校長を名誉会長、現職教頭を顧問とする。
2.役員は、本校卒業生で(原則として)歴代PTA役員から選出する。
3.役員の任期は10年とし、再任は妨げない。
第5条(学年理事)
各卒業年度ごとに代表1名ずつの学年理事をおく。(平成9年度以降、学年理事は生徒会会長とする。)
第6条(事業)
1.10年ごとに記念事業をおこなう。
2.必要に応じ学年理事で構成する代表者会を開催する。
3.その他、母校及び本会発展に必要な事を行う。
第7条(経費)
入会金(役員会で決定)及び寄付金をもって本会の維持費に充てる。
付則
会則の改正は、役員会で協議決定し代表者会に報告する。
本会則は 平成 9年4月19日より施行する。
本会則は 平成29年4月 1日に一部改正する。
任期(会則第6条):平成29年4月1日より平成38年3月31日まで
【本部役員】
同窓会会長 元山 秀志
同窓会副会長 山田 良介
同窓会副会長 平賀 博美
同窓会書記 本郷 留美子
同窓会会計 岡田 賢治
名誉会長 畑口 益喜(現校長)
顧問 森 泰昭(現教頭)
【学年理事】(会則第5条)
平成9年度以降、各学年の生徒会会長