小さな花瓶
今日は、私が以前指導していた生徒さんの作文を紹介します。
ちょうど今頃の季節に書かれた作文でした。
小さな花瓶 村上未希子
私が通学のため利用するバス停には小さな花瓶があります。そして、その花瓶の花が枯れることはありません。
私は街中から少しはなれた海辺の町に住んでいます。ですから、朝のバス停はとても静かです。私がバス停に立っていると毎日リアカーに花を乗せて歩く花売りのおばさんと顔を合わせています。毎日のように顔を合わせていたので、私と彼女は言葉を交わすようになっていました。
ある日、私がいつものようにバス停に立っていたら、彼女は小さな花瓶をバス停の横の柱にくくりつけました。そしてリアカーから一本のキレイな花をとりその中に入れました。
「どうしたんですか?」とたずねると、
「朝からこんな静かなバス停でバスをまつのはさびしいでしょう?一本でも花があれば明るい気持ちになれるじゃない」
と言われました。
私はその日の朝、とても気持ちがさわやかになったのをおぼえています。
その日以来私は彼女とよく話をするようになりました。彼女と話していると今まで気付けなかった彼女の仕事のつらさを感じました。決して仕事がきついと彼女が言ったわけではありません。しかし、赤ぎれやしもやけにふくれた手を見ると冬に水をあつかうこの仕事のつらさを痛感せずにはいられませんでした。私は小さい頃、花屋になるのが夢でしたから、いっそうショックでした。
けれど、彼女は決してグチもこぼさず、暑い夏も寒い冬も朝早くから重いリアカーを引いて花を売りに出かけるのです。
そんな彼女は、自分だけでなく他人のこともおもいやる心をしっかりと持っているのです。季節の花を毎朝一本ずつ入れていく彼女の姿は実にまぶしいものです。私は毎朝、心を洗われる気持ちでその姿を見ています。
つい先日のことですが、彼女の小さな花瓶に彼女の入れていない一本の小さな花がありました。だれかが、彼女のやさしい心に感動して花を置いていったのです。残念ながらその日は彼女に会えなかったのですが、きっと彼女も喜んだと思います。静かな朝の小さなバス停の横に咲く彼女のやさしい親切の花は、それを見る人々にも親切のあたたかさをふりまいているんだなと思います。
今朝の花瓶には、うすいピンクをしたやさしいコスモスが揺れています。今日もまた、私はさわやかな気持ちでバスの中の席に座ります。
(第23回全日本「小さな親切」作文コンクール 優秀賞受賞作品)
先日、自宅の資料の整理をしていたら、たまたま見つけたものです。
ちょっと手を止めて久しぶりに読んでみましたら、温かい気持ちになりました。
本校生徒の皆さんにも、毎日スクールバスで通学している人がたくさんいるので、
少し気持ちが分かってもらえるかな、と思って掲載しました。
(これは深海のバス停です)