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努力の上に辛抱という棒を立てる(2)

(つづき)

※※※『一流たちの金言』(致知出版社)から転載

桂小金治さんの言葉

「一歩抜きん出るには努力の上に辛抱という棒を立てるんだよ。

この棒に花が咲くんだ」と。

その言葉に触発されて僕は来る日も来る日も練習を続けました。

そうやって何とかメロディーが奏でられるようになったんです。

草笛が吹けるようになった日、さっそく親父の前で披露しました。

得意満面の僕を見て親父は言いました。

「偉そうな顔するなよ。

何か一つのことができるようになった時、自分一人の手柄と思うな。

世間の皆様のお力添えと感謝しなさい。

錐(きり)だってそうじゃないか。

片手で錐は揉めぬ」

 

努力することに加えて、

人様への感謝の気持ちが生きていく上でどれだけ大切かということを、この時、親父に気づかせてもらったんです。

翌朝、目を覚ましたら枕元に新聞紙に包んだ細長いものがある。

開けて見たらハーモニカでした。

喜び勇んで親父のところに駆けつけると、

「努力の上の辛抱を立てたんだろう。

花が咲くのは当たりめえだよ」

子ども心にこんなに嬉しい言葉はありません。

あまりに嬉しいものだかち、お袋にも話したんです。

するとお袋は

「ハーモニカは3日も前に買ってあったんだよ。

お父ちゃんが言っていた。

あの子はきっと草笛が吹けるようになるからってね」

僕の目から大粒の涙が流れ落ちました。

いまでもこの時の心の震えるような感動は、色あせることなく心に鮮明に焼きついています。

※※※転載ここまで

とても昭和の雰囲気があふれるお話ですが、

お父さんの厳しい中に暖かい親心、

特に「何か一つのことができるようになった時、自分一人の手柄と思うな。

世間の皆様のお力添えと感謝しなさい。

錐(きり)だってそうじゃないか。片手で錐は揉めぬ」

という言葉が印象に残りました。

 

桂小金治さんは、2014年11月にお亡くなりになっていますが、

当時のニュース記事にこんなものがありました。

桂小金治さんは“東京の父”だった…藤井フミヤ沈痛「残念」

………「東京の父」と呼び慕っていた歌手藤井フミヤ(52)が参列し

「お見舞いに行ってもダジャレばかり言っていたから、大丈夫だと思っていたので残念」と沈痛な面持ち。

11日の葬儀・告別式では弔辞を読む予定で

「(藤井のヒット曲)TRUE LOVEを草笛で吹いてくれたことを思い出す」と話した。………

 

晩年まで草笛はお得意だったようです。