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校長室ブログ 今日の東天

キンモクセイの香り

今朝、いつものように

スクールバスの乗降場まで歩いていましたら、

いい香りがしてきました。

ああ、そんな季節かと思って見上げると、

校長住宅の前のキンモクセイが

小さなオレンジ色の花を付けて、

香っていました。

 

ある文章で読んだのですが、

キンモクセイは、自然には生えないもので、

必ず人が植えた木だそうです。

秋のこの香りが好きな人が、きっと植えたのでしょうね。

自然の香りで季節を感じる、いい風物詩です。

 

また、ある人の文章では

幼い頃、キンモクセイの香る朝に

妹さんが誕生されたそうです。

幼心に、その時の喜びと、わくわくした気持ちと、キンモクセイの香りが

一つに合わさって、とてもいい思い出になっているそうです。

今でも、キンモクセイの香りがすると、

幼いその朝のことを思い出すという、いいお話でした。

 

以前勤務していた甲佐町には、

大きなキンモクセイ(天然記念物)があって、

緑川の向こうから学校まで、

とてもいい香りが香ってきていたのを思い出します。

 

登校してきた生徒たちにこの話をしても、

マスクをしている生徒は、

今年は香りに気付かない人もいました。

ちょっとさびしいですね。

「江夏の21球」を知っていますか

本校野球部が味岡旗県大会で快進撃を続けています。

各郡市代表の強敵相手に、好ゲームを展開して頑張っていることは、

とても嬉しいことです。

 

さて、皆さんは「江夏の21球」を知っていますか。

「江夏の21球」とは、山際淳司による短いノンフィクションで、

『スローカーブを、もう一球』に収録されています。

NHKの『NHK特集・スポーツドキュメント「江夏の21球」』としても知られているものです。

 

山際淳司さんはこの作品などで、ノンフィクション作家としての地位を築き、

一時は「アサヒ スーパードライ」というビールのCMにも出演しておられたほどです。

 スローカーブを、もう一球 

 

では、「江夏の21球」とはどんな内容なのか、ウィキペディアから引用します。

*****

題材となったのは、1979年11月4日に大阪球場[1]で行われたプロ野球日本シリーズ第7戦、

近鉄バファローズ(以下近鉄)対広島東洋カープ(以下広島)の9回裏の攻防である。

両チーム3勝3敗で迎えた第7戦は、小雨が降る中で試合が進み、

7回表を終了した時点で4対3と広島がリードしていた。

広島・古葉竹識監督は万全を期すため、

絶対的なリリーフエース、江夏豊を7回裏からマウンドへ送っていた。

迎えた9回裏、近鉄の攻撃。この回を抑えれば広島は優勝、球団史上初の日本一となる。

ところが、同じく初の日本一を目指す近鉄もただでは終わらなかった。

先頭の6番打者・羽田耕一が初球に安打を放って出塁し、にわかに場面は緊迫する。

以下は、この回に江夏が投じた全21球とそれに伴う試合の様子である。

*****

 

テレビで解説をされている野村克也さんが

「プロ野球は半世紀が流れていますけど、これ程の場面に出くわしたことはない。

おそらくこれからも出るか出ないか分からないと思う。

それぐらいの名場面が1979年の広島VS近鉄の日本シリーズじゃなかったかと思います」

と話したそうです。(ウィキペディアから)

 

ノンフィクションの詳細はここでは省きますが、

この21球のクライマックスは、

スクイズを「カーブで」外したとされる19球目の状況や各選手の心理、述懐と言われています。

 

しかし、私は次の場面が印象に残っています。

以下、ウィキペディアの記述から引用します。

*****

(6球目の後)古葉監督はブルペンに北別府学を派遣。

この時ブルペンでは既に池谷公二郎も投球練習をしていた。

ブルペンが動くとは思っていなかった江夏は、これを見て

「オレはまだ完全に信頼されてるわけじゃないのか」と内心で憤り、

「ここで代えられるくらいならユニフォームを脱いでもいい」とまで思った。

*****

(ちなみに、この時1塁の代走に出た吹石選手は、今や歌手・福山雅治さんの義理のお父さんですね。)

後に、この場面と関連して、チームメートの衣笠選手が江夏投手に声をかける場面があります。

 

*****

15球目を投じる前、一塁を守っていた衣笠祥雄が江夏のもとに向かい、

「オレもお前と同じ気持ちだ。ベンチやブルペンのことなんて気にするな」と声を掛けた。

江夏はこれについて、

自分が打たれて衣笠が辞めるのは「考えてみればバカバカしい」としつつも、

自分と同じ考えを持つチームメイトがいたことに「うれしかった」「心強かった」とし、

心のもやもやが晴れ、平静さと集中力を取り戻した。

*****

 

一流のプロ野球選手のプライド、動揺、

そしてチームメートの信頼関係など、

緊迫した中で各選手の証言からよく描かれています。

 

スポーツには、勝った・負けた、だけでなく、ドラマがあるものだと改めて思います。

 

半沢直樹の名言からの両さんの名言

日曜日の夕方になると

「お魚くわえたどら猫」という歌が聞こえて来て、

その明るいメロディとは裏腹に、

「あ〜日曜も終わりか」

「明日からまた仕事か」

とプチ憂うつになることを

「サザエさん症候群」と言ったりしました。

私も大人になってから、日曜朝の「関口宏のサンデーモーニング」のBGMを聞くと

なんかがっかりしていた時期もあります。

 

それが最近は様相が変わり、

ドラマ「半沢直樹」を見て、

日曜夜に元気をもらっていた人も多いのではないでしょうか。

ただ、そんな人の中にもドラマが終了して、「直樹ロス」になっている人もいるかもしれません、

私はどちらかというと、「大和田ロス」です。

(ちなみに先日、ある人から「校長先生は大和田常務に感じが似てますね」と言われ、ずいぶんショックを受けましたが)

 

 『半沢直樹』の名言ランキング、大和田の「おしまいDEATH!」を超えて1位に輝いたのは?

という記事がありましたので、見てみましょう。

第3位:「大事なのは感謝と恩返しだ」(半沢直樹)

今回のシリーズのキーワードの一つかもしれませんね。

 

第2位:「君はもう、おしまいです。お、し、ま、い、DEATH!」(大和田暁)

われらが大和田さんの言葉がランクイン。

重要なのは、言い方ですけど。

 

では、第1位は…。

第1位 :「生きていれば何とかなる。生きていれば、何とかね」(半沢花)

顔芸があふれる中で、最終回にほっとするような言葉でした。

記事でも

*****

暗いニュースが多い昨今、深い意味を読み取って感動した方も多いはずです。

絶体絶命のピンチでも、

こうして励ましてくれる家族がいる半沢は、「敵なし」かもしれませんね。

*****

 とありました。

 

ここで、私の手元に持っていた、

 マンガ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の一場面をご紹介します。

 

 

両さんの

「今に見ておれ」と

「悩んだらまず「生きる」モードに切り換えてからスタートだ!」

の名言は、忘れないようにします。

アントニオ猪木対大木金太郎戦(1974/10/10)に学ぶ

アントニオ猪木選手はプロレスラー人生の中で、数多くの試合をされたと思いますが、

私はそのうちの3つの試合から、多くを学びました。

 

【2020/6/26】校長室ブログ 格闘技世界一決定戦(1976/6/26)に学ぶ

 

今回はその2試合目、1974年10月10日の対大木金太郎戦です。

 

この年1974年(昭和49年)は、猪木31歳、多くの名勝負を残しています。
3月19日にはストロング小林との日本人同士の対決(昭和の巌流島)をジャーマン・スープレックスで制しました。
6月26日には、タイガー・ジェット・シンとの「腕折り」試合。
そして、この10月10日のNWF世界ヘビー級選手権試合では、大木金太郎と対戦、13分13秒でバックドロップからフォール勝ちをしています。

 

この試合の時、私は中学2年生でした。

この試合での技らしい技といえば、

大木選手の頭突きと猪木選手の右パンチ、

そして最後のバックドロップぐらいしかない試合です。

試合時間もわずか13 分余りです。

そんな試合に何があったのでしょうか。

 

この試合では、途中から

大木選手が頭突きをして、それを受けた猪木選手がよろめき、後退して、膝をつく

という場面が続きます。

一発頭突きをすると、大木選手は敢えてそこから追い詰めず、

膝をついた猪木選手と対峙したまま、

間を取るという展開です。

観客は

行け!大木

立て!猪木

と二人の対峙を見つめます。

このまま大木は伝家の宝刀頭突き一本で勝負するのか、

猪木は大木の頭突きを受け続けて倒れてしまうのか、

返し技で逃れないのか、

そもそも頭突きでくるとわかってるだろう、なんで逃げないのか。

 

すると、ある時点で何か吹っ切れた?のか、

猪木は立ち上がると、

頭突きを叩きこまれ続けている

自分の額を指差して

口の動きで分かるのですが、

明らかに「来い、この野郎」と挑発するのです。

は?

逃げるんじゃなく、

額を差し出す?

大木も意地になって頭突き以外の技はしません。

頭突きで来いと言われた額に、

やっぱり何度も思い切り頭突きを叩き込みます。

さすがに痛いのでしょうか、その度に猪木は後退、膝をつきます。

意地と意地の張り合いで、

冷静になって見れば、

頭突きをする、もう一度頭突きで来い、と言うやりとりに過ぎません。

 

ただそれだけですが

昭和のプロレスでは、しびれる展開であります。

 

私がこの単調な試合から学んだことは、

「開き直り」

です。

困難な状況とか予期せぬ出来事があり、

八方ふさがりのように見えても、

 

「もう、いいや」

「考えたってしょうがない」

「やれるもんならやってみろ」

 

まぁつまり

「来い、この野郎」と

肚を決めて開き直ることの

ある意味潔さ、

折れない気持ち

を学びました。

人生なんとかなるものではないのか

と思うことです。

 

試合は、一瞬攻めあぐねた大木のスキをとらえて、

猪木が右パンチを返し(これは反則ですが)、

形のきれいなバックドロップで勝つのです。

 

人生はそんなきれいな一発逆転はないでしょうが、胸のすく昭和のプロレスでした。

 

誰も皆哀しみを抱えてる

だけど素敵な明日を願ってる

(ミスターチルドレン「HANABI」)

「すぐにやろう」がいいだろう

以前、「1分間ルール」ということをお話したと思います。

「1分以内でできることは、その時やる」という簡単なことで、

例えば「使ったハサミはすぐしまう」というようなことです。

これができそうでなかなかできません。

ちょっとしたことだからこそ、後でいいや後でいいやと

先延ばしにしていると、

それが積もり積もって身辺が散らかってしまいます。

身辺が散らかると、それが心のどこかに引っかかって、

気持ちも散らかってしまい、集中力も散漫になってしまうわけです。

 

似たようなことを、

メンタリストDAIGOさんのこの本にも書いてあるようです。

自分を操る超集中力 

(↑本の紹介)

Amazonに注文しましたが、まだ届かないので、

今回はそのプレビューから紹介します。

 

*****

 「シンクに洗い物をためると集中力ダウン」

集中力を高めるために実施すべき良い習慣、改善すべき悪い習慣が紹介されている。
悪い習慣の一例としてあげられているのが、

シンクに洗い物をためてしまうことである。
「いつ洗おうか」などとといった思考が働き、

集中力を低下させるのだ。
それに対しDaigoは、シンクにお皿を持って行ったら即、

洗うようにすることを提唱している。

*****

 

片付けなきゃなぁ、片付けなきゃなぁと毎日毎日部屋を眺めている私には、耳の痛い指摘でした。

 

また、こんなレビューもあります。

*****

「一歩目のハードルを下げる」

集中力をあげる為の具体的なノウハウが書いてあり、非常に実践しやすい。
中でも、一歩目のハードルを下げるというやり方は、かなり役にたっている。

無理に目標を立てるから、やらない→やらなかったことへの自己嫌悪→もっとやらない、といった負の連鎖が起こる。
であればハードルを最初からめちゃくちゃ低くして、
例えば参考書2pだけ読むとかにすれば疲れていても続けられる。

しかも2p読んだら、勢いがつけば10p進むこともある。

毎日2pだけでも続ければ、自信がつく→やる気でる→はかどるという好循環が生まれます。
一週間に一回10p勉強よりも、

毎日2pで一週間14pの方が進捗もはやいということです。

*****

 

このようなことは、生徒の皆さんが家庭学習に取り組む際にも参考になるのではないでしょうか。

私でも、デスクワークをする時には、

まず短時間でできる、比較的簡単に済む確認作業などから取りかかります。

一歩目のハードルを下げるわけです。

そして、それをステップとして、少し調子が出てきてから、

次に、じっくり考えていくような仕事をします。

 

集中力をつける、発揮するということは

同じ時間でも有効に使うことです。

「あとでやろう」は〇〇野郎 という少々乱暴な言葉もありますが、

「すぐにやろう」がいいだろう と思います。

身の回りのことを少し見直してみてはどうかなと思いました。